新国立競技場で核爆発? 日本の現実を暴き出すサスペンス大作『ワン・モア・ヌーク』

レビュー

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ワン・モア・ヌーク

『ワン・モア・ヌーク』

著者
藤井 太洋 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101017815
発売日
2020/01/29
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

新国立競技場で核爆発? 日本の現実を暴き出す

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 藤井太洋が描く、原爆テロを題材にした超大型ノンストップサスペンス『ワン・モア・ヌーク』が刊行。本作の読みどころを書評家の大森望さんが紹介する。

 ***

「もう一度、あなた方には核の恐怖を味わってほしい。だから東京に原子爆弾を置きました。四十八時間後に爆発します」

 こんな言葉から始まる警告メッセージが、二〇二〇年三月の東京を恐怖のどん底に陥れる。いきなり文庫で刊行された藤井太洋の大作『ワン・モア・ヌーク』は、原爆テロを題材にした超大型のノンストップサスペンスだ。

 作中で描かれるのは、(プロローグを除けば)二〇二〇年三月六日から十一日午前零時までの五日間。まさに現在進行形の物語が、無慮六百ページにわたって展開する。

 題名のnukeとは、nuclear(核の、原子力の)から派生したスラングで、核兵器や原発を指す。「One more nuke」とは、作中のテロリストが掲げるスローガン。「(ヒロシマ、ナガサキに続いて)もう一発、原爆を」という意味でもあり、「(フクシマにつづいて)もう一度、放射能汚染の恐怖を」という意味もある。そのために日本に持ち込まれた一発のプルトニウム爆弾が、文字どおり、この物語の核になる。

 爆発のXデーは、東日本大震災から九年後の、二〇二〇年三月十一日。場所は、オリンピック開催を目前に控える、東京・新国立競技場。現代の冒険小説としては思いきり派手な(絵になる)道具立てで、その分、ヘタに書くと絵空事に終わってしまいそうだが、技術者目線でリアルなSFを書いてきた藤井太洋は、本書でも会場警備の問題や原爆の技術的ディテールをおろそかにしない。現実の世界情勢や、いまの日本社会に対する異議申し立てなどのメッセージも盛り込みながら、絵になるキャラクターを各所に配置し、一気通読のエンターテインメントとして六百ページを突っ走る。方法論としては、日本SF大賞を受賞した宇宙サスペンス大作『オービタル・クラウド』と変わらないが、今回は地べたの話だけあって、警察側の視点も交え、現代小説としての高度なリアリティを追求している。

 プロローグの舞台は、二〇一八年八月のシリア。アサド政権が郊外の村でひそかに開発を進めてきたプルトニウム燃料が、査察にやってきた国際原子力機関の職員二人(日本人調査官の舘埜健也と、実はCIAの核拡散調査団に属する辣腕の女性エージェント、シアリー・リー・ナズ)と平和維持部隊の海兵隊員の前で、【ISIS/アイシス】(イスラム国)のサイード・イブラヒムによって強奪される。ナズはこのときの仕掛け爆弾で舘埜をかばって重傷を負い、片脚が義足となるが、その後もチームを編成してイブラヒムを追いつづける。

 物語は、そこから二〇二〇年三月六日の東京に飛び、そのイブラヒムの日本入国が描かれる。彼は、フセイン政権下のイラクで原子力発電所の開発に従事していた核物理学者で、ISISに加わって大量破壊兵器の開発を担当した大物テロリストだった。

 そのイブラヒムとタッグを組み、濃縮率の低いプルトニウムでも核分裂反応が起こせる爆弾を提供するのが、日本人実業家の但馬樹。オーダーメイド衣料販売のベンチャー〈SEW4U〉を経営する彼女は、自社製品のモデルを務めるほどの美貌とスタイルの持ち主。ある理由から、“犠牲者ゼロ、または極小”(ゼロ/レス・カジュアリティーズ)の核テロを立案し、イブラヒムと組んで計画を進める。強靱な肉体と抜群の身体能力、冷静沈着な頭脳と優れた判断力を持つ彼女が『ワン・モア・ヌーク』の一方の主役。しかし、核テロという目標は同じでも、イブラヒムにはまったく違う思惑があり、両者は早々に袂を分かつことになる。

 対する捜査側の主役は、警視庁公安部外事二課の警部補・早瀬隆二と巡査部長・高嶺秋那のコンビ。テロリストとの関与が疑われる新疆ウイグル自治区出身の女性(中国政府の核実験により被爆した、ムフタール・シェレペット)を探るうちに、但馬樹の計画に接近することになる。

 読み出したらとまらない圧倒的なリーダビリティと迫真のリアリティは、『オービタル・クラウド』でつとに証明したとおり。日本の冒険サスペンスの新たなスタンダードとなる、ワールドクラスのエンターテインメントだ。

※新国立競技場で核爆発? 日本の現実を暴き出す――大森望 「波」2020年2月号より

新潮社 波
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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