女優・階戸瑠李が孤独感に苛まれたときに助けられた文庫3選

レビュー

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  • ここは私たちのいない場所
  • 晴天の迷いクジラ
  • ノエル

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背中を押してくれる物語


女優・階戸瑠李さん

階戸瑠李・評「背中を押してくれる物語」

 小さい頃から読書が好きだった。算数の答えは一つしかないけれど、国語の授業は答えが何通りもあって。物語が与えてくれる想像の自由度に幼心にも惹かれたのだ。

 学生時代は村上龍や舞城王太郎、太宰治に三島由紀夫、司馬遼太郎。その時に読みたいものを、わくわくするものを貪るように読んだ。

 そして今、私は三十一歳独身、子供なし、ついでに彼氏もなし。結婚や出産がすべてだとはもちろん思っていないが、なんだかひとりぼっちで取り残されたような感覚にひどく陥ることもある。ただでさえ生きづらい世の中で、漠然と不安なもやもやを胸に抱えて生きている人は、実は沢山いるのではないか。

 私はそんな時、何度も本に助けられてきた。物語の力に背中を押され、もうちょっと頑張ってみようと前向きになれた。

 今回はそんな背中を押してくれるような、大丈夫だよとそっと包んでくれるような三作品を選んでみた。

 一作目は白石一文『ここは私たちのいない場所』。

 主人公の芹澤は、幼い頃に最愛の妹を亡くしたことで人と深く関わること、家庭を築くことを拒み、一人で生きている。

 誰しもが直面する身近な人の死、そして人と人の関わりというものを考えさせられた。

“死”は、その人の消失だけでなく、残されるものがいる。生まれてからずっといる母でさえ、いつかは私を残していなくなってしまう。親、友人、子ども、そして自分自身……いつかは皆いなくなる時が来るのである。もちろん悲しいことではあるが、そのことを拒絶せず受け入れることの意義をこの本に教わった。そして、だからこそ大切な人と自分がいま同じ場所にいられることをとても幸せに感じられる。死というものを捉えることで、いま生きることが何倍にも輝くのだと、勇気をくれる作品だ。

 二作目は私の大好きな作家、窪美澄『晴天の迷いクジラ』。窪さんはデビュー作の『ふがいない僕は空を見た』で衝撃を受けてからずっと追いかけている。

 様々なしがらみに絡まって上手く生きられない由人と野乃花、正子。生きることに見切りをつけた三人の人生が重なって、死ぬ前にとある港町に打ち上げられたクジラを見に行くことになる。

 傍から見たら「そんなに気にすることないじゃん」みたいなことが、自分にとっては耐え難い重さでのしかかってくることがある。「好きなことしてるよね」「楽しそうでいいね」、それはそうだ。アフリカで毎日飢えて死んでいる人々を思えば、自分はそんなに不幸ではないはずだ。それなのにどうしてか自分がこれ以上なく駄目で、消えてしまいたいと思うことがある。この本は「そういった生きづらさって自分で判断して良いんだよ」って、包んでくれるような優しさがある。田舎の懐かしさと窮屈さ、都会の自由さと孤独の描写も印象的だ。どこにいたって、それぞれがそれぞれ、大なり小なりの悩みを抱えている。

 読んでいるうちに物語の中の彼女たちに自分自身を重ね、一緒に悩み、一緒に前に進んでいった。何が正しいのかがわからなくて、どう生きていけばいいのかわからない、そんな暗闇に「生きてるだけで良いんだよ」と、光を与えてくれる作品だ。

 最後は道尾秀介『ノエル』。

 童話作家の圭介と、親の愛情を感じられなくなった莉子の話、妻に先立たれて生きる意味を失った元教師の与沢の話。三人が紡いだ“物語”が、ラストで鮮やかに結びつく。三人がそれぞれ物語とともに生き、物語に救われる。

 物語とは、架空の世界のようで緻密に現実世界と繋がっていて、現実の私たちに生きる力を与えてくれる。私たちは、考えさせられ、励まされ、時に突き放されたりしながら、物語とともに人生を歩むことができる。そして物語とは、“ノエル”のプレゼントのように、形なく、人生を豊かにする沢山のものを与えてくれる。これまで何度も感じてきた「物語に救われる」ということが、この本の中に描かれていた。

 皆さんの人生と地続きにひろがるそれぞれの物語を楽しんでほしい。そして私自身も“物語”のように、誰かの背中をそっと支えられるような存在でありたいと思う。

 ※[私の好きな新潮文庫]背中を押してくれる物語――階戸瑠李 「波」2020年2月号より

新潮社 波
2020年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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