アイデアだけでイノベーションは起きない。ネゴって結果を出す方法
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
ビジネスの現場において、「独創的な仕事をしろ」「創造的な仕事をしろ」と命じられることはあるもの。
しかし、具体的にどうしたらいいかわからず、苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。
『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』(篠原 信 著、実務教育出版)の著者も、そうしたことで悩んだ経験の持ち主。
そのため、「私は不器用者でセンスがないのだから、同じにはなれない」と考えているのだそうです。
ただ、センスがなくとも、コツさえつかめば、才能豊かな人と似た結果を出すことは可能だ。
(中略)天才が一気にゴールに跳躍できるところ、不器用者は橋をかけなければならないかもしれない。けれど結局は、ゴールできればいいのだ。やり方、道のりは人それぞれで構わない。(「はじめに」より)
こう主張する著者が本書に書き留めたのは、不器用さを罵っていた20代の自分が知りたかったこと。
そして根底にあるのは、「不器用、発想が乏しいと言われても絶望する必要はない」という思いだといいます。
なぜなら、そんな人間でも創造的な仕事をする方法は確実にあるから。
そうした考え方に基づく本書のCHAPTER 5「『マネジメント』によるinnovation」のなかから、きょうは「アイデア実現のためのネゴシエーション力」に焦点を当ててみたいと思います。
iTunesとiPhoneを生んだ交渉力
アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは、しばしば天才だと評されます。
しかし著者は、ジョブズの特筆すべき性質は「ネゴシエーション(粘り強い交渉)」にあると考えているのだそうです。
たとえばジョブズの業績のひとつに、iTunesの成功があります。
それまで音楽はレコードやCDを購入しないと楽しめませんでしたが、インターネットでダウンロードして小型のプレーヤーで楽しむという新たな仕組みに変化させたわけです。
とはいえ、同じような構想を思いついていた人は、もしかしたらジョブズ以外にもいたかもしれないというのです。
たしかにiTunesが登場したころ、インターネットはすでに普及していましたし、音楽もデジタル化が進んでいました。
CD以外の記録媒体も存在していましたから、道具立てはすでに揃っていたということです。
だが、ジョブズ氏だからこそ成し遂げられたのは、「ネゴシエーション」の力にある。iTunesを成功させるには、それまでの音楽業界の常識を突き崩す必要があった。
CDの売上で収益をあげるレコード会社一社一社に対し、ダウンロード一件につきいくらの収益が入るから損をすることはない、という説得を粘り強く行ったはずだ。
そうした面倒くさいことを、丁寧に、手を抜かずにやり遂げたからこそ、iTunesは成功したのだろう。それだけにとどまらず、CDなどのかさばる記憶媒体を使用せずに、軽量に持ち運びできるiPodやiPodミニなども開発した。(187~188ページより)
現在、その流れはサブスクリプションによる聴き放題サービスへと継承されています。
しかしそれも、ジョブズのネゴシエーション力が最初にあったからこそ、ということなのでしょう。
ちなみに技術的には、日本メーカーが最初にスマホを開発していたとしても不思議ではなかったと著者は指摘しています。
しかし残念ながら、ジョブズ以外に先んじてそれを開発できる人はいなかったわけです。
それはなぜか? 原因は、ネゴシエーション力の有無にあるといいます。
アップルの開発陣のなかにも、「少しくらい操作が難しくても、説明書をつければいいじゃないか」と考えた人がいたかもしれません。
しかしそれでもジョブズは徹底的に使い手側に歩み寄り、説明書がなくても操作を直感的に理解できるように、つくり手に要請したわけです。
社内で強い抵抗があったとしても粘り強く説得し、結果的には実現に向けて努力させたということ。
だとすればその際に、ネゴシエーション(コミュニケーション)の力が大きな意味を持ったであろうことは想像に難くありません。(186ページより)
必要なのは、諦めずに「やり抜く力」
「使い手論理のものづくり、説明書のいらない操作性」というコンセプト自体は、アイデアマンなら思いつくことができるかもしれません。
しかし、それ以上に重要なのは、それが叶うまで諦めず、最後までネゴシエーションする粘り強さ(GRIT)。
それを発揮しないと、実現にこぎつけることはできないわけです。
『やり抜く力(GRIT)』の著者、アンジェラ・ダックワース氏は、成功者に共通して見られる特徴として、まさに「最後までやり抜く力がある」と指摘する。
知能指数でも、豊かなアイディアでもない。一つのアイディアを実現するまで諦めないこと。諦めずにやり遂げる道を探し続ける粘り強さこそが、物事を実現させるのに重要だとしている。(189ページより)
逆にいえば、ネゴシエーションの力「GRIT」がなければ、ただのアイデア倒れになってしまうということなのでしょう。(189ページより)
アイディア実現のために汗をかくのは誰?
しかし現実問題として、いまの日本においては「ネゴシエーション」をやり遂げる人材がなかなか現れにくいかもしれないといいます。
昨今の日本から画期的な商品やサービスが登場しづらくなっているのは、アイデア不足というよりも、ネゴシエーションやコーディネートを粘り強く続けられる人が不足しているからかもしれないというのです。
もしあなたにネゴシエーションする粘り腰があるのなら、その粘り腰こそがイノベーションの力だ。
誰もが諦めそうになっても、最後までやり遂げる。その意思を持てるなら、あなたは立派なイノベーターだ。(193~194ページより)
だからこそ、自分の信じる構想を、なんとしてでも実現したいという思いを大切にしてほしいと著者は訴えているのです。(191ページより)
たしかにイノベーションは、研究や開発に携わる人たちだけで実現できるものではないでしょう。
その証拠に、技術はあるのにイノベーションが起きないというケースも珍しくないわけです。
決め手は、粘り強くネゴシエーション(コーディネート)する調整役の存在。これは、意識しておいて損のない視点かもしれません。
Photo: 印南敦史
Source: 実務教育出版