ごろごろ、神戸。 平民金子著 ぴあ

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ごろごろ、神戸。

『ごろごろ、神戸。』

著者
平民金子 [著]
出版社
ぴあ
ISBN
9784835639369
発売日
2019/12/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ごろごろ、神戸。 平民金子著 ぴあ

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

題名に地名が入っていると、その土地に馴染(なじ)みのない読者は手を伸ばさないかもしれない。だが、これは神戸の魅力を発信する本ではなく、町に対するまなざしについて書かれた本だ。

 著者の平民金子は大阪生まれ。各地を転々としたのち、神戸下町の風景に一目惚(ぼ)れし、妻と神戸に移り住んだ。しかし、著者はただ古い町並みを愛(め)でるのではなく、観光客で賑(にぎ)わうハーバーランドの「なんか楽しい感じ」にも何度となく救われたと、率直に書く。

 町を歩くとき、自然と「良い町だ」と思ったとする。そうして一方的に視線を向け、評価するまなざしは、暴力的になりかねない。

 だが『ごろごろ、神戸。』は、文章の隅から隅まで、著者がどの立場で町をまなざしているのか徹底的に意識されている。著者は震災以前の神戸の姿を知らない「移住者」であり、将来どこかへ移り住んでしまうかもしれない。「根無し草への願望」と「根をおろす事へのおそれ」を抱えながら、幼子を連れ、著者は町を行く。「ごろごろ」とはベビーカーを押す音だ。

 古い町並みが消えると、私たちはつい「残念だ」と言ってしまう。「永遠にあり続けて欲しい」と陳腐なことを口にしてしまう。だが、永遠など存在しないと、災害に溢(あふ)れた国に暮らす私たちはよく知っているはずだ。ただ、古い町並みが消えることを簡単には呑(の)み込めず、いや、でも、と平民金子は自問自答を重ねる。

 連載を続けるうち、モトコー(元町高架通商店街)の再開発が進む。移転が相次ぐ商店街を歩き、著者は抑制を振り払うように、決意を記す。その二行に出会ったとき、胸を打たれる。

 連載の間に幼かった子も成長し、ベビーカーもそろそろ役目を終えそうだ。新幹線の速さで毎日は過ぎてゆき、私たちも変わってゆく。著者はそれを自覚し、風景をまなざす。『ごろごろ、神戸。』を読み終えた今、私の網膜にも平民金子が宿ったような気がする。

読売新聞
2020年2月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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