気鋭の行動経済学者が明かす「アマゾンが超便利でも本屋へ行く理由」

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「幸せ」をつかむ戦略

『「幸せ」をつかむ戦略』

著者
富永朋信 [著]
出版社
日経BP
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784296105649
発売日
2020/02/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

気鋭の行動経済学者が明かす「アマゾンが超便利でも本屋へ行く理由」

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

世界的なベストセラー『予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)で知られるダン・アリエリー氏は、行動経済学の権威として知られるデューク大学教授。

きょうご紹介する『「幸せ」をつかむ戦略』(富永朋信、ダン・アリエリー 著、日経BP)は、日本におけるマーケティングのプロフェッショナルである富永朋信氏が投げかけた8つの質問に対し、アリエリー氏が語ったことをまとめたもの。

行動経済学の虜となり関連書籍を読み漁ったという富永氏にとって、アリエリー氏は頭ひとつ抜けた特別な存在だったようです。

デューク大学のダン・アリエリー教授の著書は型破りな魅力に溢れていました。

実験のみならず、自身の経験もエピソードとして使う自由なスタイル、人間に対する愛に溢れた筆致、イケア効果(自分で作ったものには特別な思い入れが発生するという効果)や、どうにでもなれ効果(ちょっとした失敗で自暴自棄になってしまう傾向)など、従来の行動経済学で語られた理論の枠内にとどまらない、型破りな展開を見せるその考え方に私は魅了され、学生や若いマーケターにお薦め書籍を問われたときはその著書である『予想どおりに不合理』を挙げることもしばしばでした。(「はじめにーーなぜ私がダン・アリエリーにハマったか」より)

そこでカナダのトロントにあるアリエリー氏のオフィスを訪ねて話を聞き、その内容を本書にまとめたというのです。

きょうは、興味深い話題が登場する第1章「『消費』の幸せって何だろう」に焦点を当ててみたいと思います。

アマゾンが超便利なのに、本屋に行ってしまう理由

この項で富永氏はまず、ある調査結果を引き合いに出しています。

日本国内で約2万人にアンケート調査を行った結果、所得や学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていることがわかったというのです(『幸福感と自己決定――日本における実証研究』(西村和雄、八木 匡))。

具体的にいえば所得、学歴、自己決定、健康、人間関係の5つが幸福感と相関するかについて分析したところ、健康、人間関係に次ぐ要因として、自己決定が強い影響を与えることがわかったのだとか。

つまり幸福度をアップさせるには、「自己コントロール性」が重要だということ。アリエリー氏によれば、それは「オートノミー(自主性)」と呼ばれるのだそうです。

ちなみに富永氏は、そこから「アマゾンと本屋」について連想したのだと明かしています。

アマゾンはものを買うには最も便利で役立つチャネルですが、私は本屋に行くのが大好きです。

それって変ですよね。どうしてなのか。なぜ、私は本屋へ行くのか。(21ページより)

本屋では、好きな順番に好きなコーナーへ移動することが可能です。

哲学であろうと、行動経済学であろうと、あるいは雑誌であろうと、どのコーナーへ行くのも自由であるわけです。

一方、アマゾンでは非常に洗練された買い物方法が導入されているものの、アマゾンがつくった手順に従わなければなりません。

そこで富永氏は、自分が本屋に行くのは、オートノミーによる自由が好きだからなのではないかと気づいたのだそうです。

その気づきによって、幸福はオートノミーと大いに関係していると思うようになったということ。

ところがアリエリー氏は、その考え方に疑問を投げかけます。問題はオートノミーだけではないのだと。

もちろんオートノミーは重要なのですが、アマゾンがあるにもかかわらず私たちが本屋に行く背景には、いくつか別の要素が隠れているのだと主張しているのです。(20ページより)

1つは、マルチセンサリー・エクスペリエンス(多感覚体験)です。本屋に行けば、本を見るだけでなく、においをかぐこともできるし重みを感じることもできますね。

さらに、買い物とはただ単に目的を果たすだけではない。その過程のどこかに魅力的なものがある。

例えば、偶然の出会いに何かがわくわくする。それこそ、本屋にあって、オンラインにはないもの。それが2つ目の要素です。(22ページより)

ものには「意味」がくっついてくる

また、別の理由もあるといいます。それは私たちが手に入れるものの「象徴的な意味」

このコップについて想像してみてください。ガラスのコップで、ただそれだけです。しかし私にしてみると、このコップがBEworksのものだと知っているので、感じ方が違ってきます。

BEworksは私の第2の家みたいなもので、そこのグラスだと、いい気分になります。考えてみると、例えば本を買うとき、その本には歴史があるのではないでしょうか。

地元の本屋でその店のオーナーが薦めてくれて買った本は、ただ店頭に並んだ本とはどこか違う感じがする。(23ページより)

このことに関連し、心理学者のポール・ブルームは、意味がいかに物体にくっつくかについて素晴らしい実験を行っているのだそうです。

ブルームはこう言いました。「俳優のジョージ・クルーニーが一度着たスウェットシャツがあったと想像してみてほしい。あなたなら、いくら払いますか」と。ジョージ・クルーニーが好きな人は、そのシャツにかなり高い値段を払ってもいいと考えます。次にこう言った。

「このスウェットシャツを洗ったら、いくら払いますか」。すると値段は下がるけれど、まだ何かが残る。私たちは普段、「象徴的な消費」について考えませんが、象徴的な消費は至るところにあります。そして、象徴的な消費はものの価値を高める。(23ページより)

たとえば好きな人から贈り物をもらい、そのなかに「これがなぜ大事なのか」を説明したカードが入っていたとしたら、その贈り物の消費は象徴的なものになるはず。

それが重要だという考え方です。

常に「最も意味もある体験」を求めることはできないけれども、私たちは時として、生活の機能的な側面ばかりにこだわり、感情的な意味合いを軽んじてしまうもの。

しかし、それよりも大切なものがあるということです。(22ページより)

ご紹介したのはほんの一部に過ぎませんが、以後も夫婦関係や子育て、従業員のモチベーションに至るまで、さまざまなトピックスに関する考え方が紹介されていきます。

富永氏のことばどおり、そのどれもが新鮮さに満ちているため、マーケティングに関わっていない人でも興味深く読めるはず。

「幸せ」について考えるきっかけとなる、注目すべき一冊です。

Photo: 印南敦史

Source: 日経BP

メディアジーン lifehacker
2020年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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