背高泡立草 古川真人著 集英社

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背高泡立草

『背高泡立草』

著者
古川 真人 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717105
発売日
2020/01/24
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

背高泡立草 古川真人著 集英社

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 長崎県平戸の沖合にある小さな島。その島に生まれ育ち、いまは福岡で暮らす兄妹(きょうだい)三人が、連休の日にその娘たち二人を連れて訪れ、年老いた母親に再会する。そうした一日を連作短篇(たんぺん)の形で描いた小説である。

 娘たちと言っても、もう数年で三十歳になろうとする年齢。その一人である奈美は「誰に話すわけでもない記憶を辿(たど)るよりも賑(にぎ)やかなのを好む気質」と語られている。実際、六人が顔を合わせている間は会話が快くはずみ、一見、それが誰の言葉なのかわからなくなってくる。さらに意識そのものが入りまじる瞬間すらある。

 しかし「記憶」もまた、この小説では生き生きと動きだす。五人が島を訪れたのは、古い納屋の周りに生い茂る草を刈るためであった。その建物も含め、島の古い家屋をめぐる会話から、家族の昔の記憶だけでなく、彼らも知らない遠い過去のエピソードが呼び起こされ、独立した一篇として挟みこまれている。江戸時代の漁師や一九三〇年代の農民の物語。あたかも古い家屋、もしくは島そのものに残った記憶が甦(よみがえ)ったかのようである。

 島ですごしている間、時間はゆっくり流れていると奈美は感じているが、それはさまざまな記憶が積み重なり、そのあいだを往復する旅のような時間になっている。草刈りのための訪問は、毎年その記憶の堆積(たいせき)を確かめ、さらに新たな層を積み重ねる営みでもあるだろう。

 誰も使わない建物なのに、なぜ草刈りをするのかと問われて、草が生えたら「かわいそう」だからと奈美の母は答える。古い納屋も、生きた家族の一員のように感じられているのであった。建物はしだいに朽ち、人はそれよりもさらに早く老いて、世代を交代させてゆく。しかし周りに生える草は、生えては枯れる繰り返しを、おそらく永遠に続けるだろう。植物が人間の世界を眺めつつ語った小説。そんな奇妙な気配を感じさせる秀作である。

読売新聞
2020年2月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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