“神”以上でも“悪”でもある石原慎太郎が語りつくす文壇秘話

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“神”以上でも“悪”でもある石原慎太郎が語りつくす文壇秘話

[レビュアー] 樋口毅宏(作家)

 私にとって石原慎太郎は人間として最低。政治家として最悪。作家として神。あるいはそれ以上。崇高な孤独の魂を持つ書き手だと言い続けてきた。さすがに角栄についてのベストセラー『天才』(切り貼り本)を手放しで褒めることはできないが。

 そんな慎太郎爺さんの最新放談。最高傑作のひとつ『わが人生の時の時』などを担当した「新潮」元編集長の坂本忠雄を相手にかつての文壇を語る語る。

 脳梗塞を患い歩行もままならず、寄る年波に勝てず少しは殊勝になったかと思いきや、口の悪さは衰えを知らない。三島由紀夫に対して「あんなに運動神経が天才的に無い人間が、肉体を論じるなんて、僭越というか滑稽だね」「三十まで童貞」。割腹自決から半世紀、止まることを知らない再評価への嫉妬が炸裂。

 生前良き理解者だったはずの江藤淳まで「およそ非肉体的な人間だった」「江藤の文体は僕は嫌い」などと容赦がない。

 もちろん右と左に袂を分かった大江健三郎も俎上に載せないわけがない。若き日の微笑ましい失態を晒した直後に、「良き読者だったし、友人だったよな」などと下げたり上げたり。まあこの手の本でオーケンに触れなかったら本当に嫌いになったのかと逆に心配してしまう。最晩年までふたりはトムとジェリーなのだろう。そこに坂本が黒子に徹して絶妙な合いの手(ヨイショとも言う)とともに、さらなる自画自賛を引き出していく。

 目を引いたのは、水俣病の患者が大臣室に勝手に押しかけて来たから追い返したという話。環境庁長官時に患者の抗議文を読んで「IQが低い人たちでしょう」と発言して土下座謝罪したことは忘れたのか。自戒が天才的に無い人が自分に都合の悪かった故人を論じるなんて、滑稽というか奇怪だね。

 しかし単なる悪口暴露本に収まらないのは知性の高さと、文壇と政治で培った話術によるものか。そして稚気の魅力を認めないわけにはいかない。眉を顰める人もまたぞろいるだろうが作家を道徳で裁くことなどできない。(上記の水俣病患者を除けば)対象の大半が社会的弱者やマイノリティーでなく、慎太郎と対等の人たちのため罪も少ないし、反論したところであの爺さんには水鉄砲以下。だからまだ生きてるんだから。

 とはいえ慎太郎も米寿。早晩この老害は勝ち逃げする。数多の傑作と負の遺産を残して。でもここまで来たんだ。みなさんあとしばらくの辛抱です。頼むよ裕次郎、お迎え遅すぎないか。俺は待ってるぜ。

新潮社 週刊新潮
2020年2月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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