『ワン・モア・ヌーク』
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専門家顔負けの細部描写が目を引く日本人必読のパニックサスペンス
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
昨今の人気作家はジャンルの壁を超えて活躍するオールラウンダーが少なくない。SF系でいえば、小川哲とこの人、藤井太洋が双璧か。本書は東京を舞台に核テロの恐怖を描いた迫真のパニックサスペンスだ。
二〇一八年夏、シリアでイスラム国の核物理学者サイード・イブラヒムらによる爆弾テロが発生。国際原子力機関IAEA技官の舘埜健也は九死に一生を得るが、犯人は原爆に必要な材料を持ったまま逃走する。
二〇二〇年三月、オリンピックを控えた東京には在留外国人が増えていた。警視庁公安部外事二課の早瀬隆二と高嶺秋那は中国からの通報を受け、新疆ウイグル自治区出身の女性ムフタール・シェレペットの調査を始める。彼女は神楽坂の3Dプリントショップで働いており、店の賓客、オーダーメイド衣料販売のベンチャーを営む日本人実業家にして天才エンジニアの但馬樹と結びついていた。
その頃、イブラヒムは原爆の材料であるプルトニウム239を日本に持ち込む。彼を呼んだのは、密かにハンドメイド原爆を設計していた但馬であった。舘埜はシリアで自分を救ってくれたアメリカCIAのシアリー・リー・ナズからそれを知らされるが、イブラヒムは但馬とは異なるたくらみを秘めていた。
とにかく何が凄いって、様々な情報が詰め込まれた細部描写である。中東の現状はもとより、公安警察の捜査、IAEAの活動、3Dプリント技術の驚異、そして原爆の構造に至るまで、専門家顔負けの描写に貫かれているのだ。但馬の動機は中盤まで伏されるが、人間ドラマも極めて濃厚。本書のモチーフが3・11にあるのは、爆破日が刊行直後の同日に設定されていることからも明らかだが、だからといって著者は、核テロの恐怖だけを描こうとしたわけではない。「本作は希望についての物語である」という仲俣暁生解説の一文を玩味せよ。日本人必読、広く国際的にも紹介が望まれる傑作だ。