同じ病院で生まれた一見対照的な男二人の、滑稽で愛おしい40年間

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書籍情報:openBD

小さな“選択”を繰り返し枝分かれする男二人の人生のありよう

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 朝倉かすみ『ぼくとおれ』の主人公は、今年四十八歳になる。もし物語が続いていたら、どんな生活を送っているだろう? 想像せずにはいられない。一九七二年九月八日、同じ病院で生まれた蒲生栄人と仁村拓郎の四十年を描いた長編小説だ。栄人の父は東京都庁の職員、母は専業主婦で大病院の娘。拓郎の両親は北海道の小さな煮豆製造会社に勤めていた。ふたりは、幼いころ一度だけ交流を持つが、お互いの名前も知らないまま別れ、まったく違う環境で成長していく。

 それぞれの人生のありようが、一つひとつの選択によって細かく枝分かれするところに引き込まれる。大きな分岐点は、一九九一年だ。バブルが崩壊する直前だったので、高卒で就職を選んだ拓郎は東京の大手鉄道会社に入る。しかし、大学に進学した栄人が卒業を迎えるころには、就職氷河期が訪れているのだ。特に彼らと年齢が近い読者は身につまされるだろう。ただ、栄人と拓郎の生き方を比べてどちらがいいかという話ではない。一見対照的な道を歩むふたりは、実は似た者同士だからだ。

 周囲をシニカルに観察しながらも、傷つくことを極端に恐れる栄人。胸のうちにコンプレックスを隠して、男らしくふるまおうとする拓郎。中年になっても心は夢みがちな少年で、主体性に欠けているから、なし崩し的に何かを選ばされてしまう。滑稽で愛おしい四十歳の地図。各章のはじめに、作中でクローズアップした年の年表をつけて、重大ニュースと、紅白歌合戦の内容を記す構成も楽しい。

 あわせておすすめしたいのが、津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』(集英社文庫)だ。恋人でも友達でも同僚でもないけれど、仕事でほんの少しだけ接点がある、名字と生年月日と身長が同じ男女の一年間を描いている。『ぼくとおれ』の主人公が生まれた年に亡くなった川端康成『古都』(新潮文庫)は生き別れになった双子が再会する名作だ。そっくりなふたりが異なる境遇に置かれるからこそ、ありえたかもしれないもう一つの人生が鮮烈に浮かびあがる。

新潮社 週刊新潮
2020年2月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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