手塚先生のことばを鵜呑みにしちゃいけない~立東舎の復刻シリーズ仕掛け人に聞く手塚治虫の現代性

インタビュー

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空気の底 オリジナル版

『空気の底 オリジナル版』

著者
手塚治虫 [著]
出版社
立東舎
ISBN
9784845634682
発売日
2020/02/21
価格
4,180円(税込)

書籍情報:openBD

手塚先生のことばを鵜呑みにしちゃいけない~立東舎の復刻シリーズ仕掛け人に聞く手塚治虫の現代性

[文] 立東舎

手塚治虫自身の評価が低い『ダスト18』や『アラバスター』などを、雑誌掲載時のスタイルで刊行してきた立東舎の〈手塚ノワール〉シリーズは、単行本化に際して改変されることが多い手塚作品を、初出時版で堪能できるということで多方面から支持を集めている。判型が雑誌同様の迫力あるB5判で、なおかつ現代の高度な印刷技術による美しい誌面ということも、高い評価を得ている理由のひとつだ。

〈手塚ノワール〉1期5冊の完結後は、同様の仕様で『鉄腕アトム プロローグ集成』、続けて『空気の底 オリジナル版』が刊行されるなど、没後30年を経てなお手塚治虫の新刊が世に出ているのは、まさに驚異である。一連の書籍で企画・編集を務めている濱田高志さんに、手塚ワールドの現代性を伺った。

『ダスト18』は復刊ではなく新刊

――最新刊『空気の底 オリジナル版』は手塚治虫本人が気に入っていた連作短編シリーズということで、立東舎の〈手塚ノワール〉1期5冊とはちょっと趣きが異なりますね。

濱田 1期の5作品は図らずも手塚先生の自己評価が低い作品が並びましたが、それはあくまで作者自身の評価であって、読者の評価はまた別です。実は『ダスト18』が刊行される前は、ファンの間でも、なんでわざわざ手塚先生が満足していない作品を単行本化するんだ? という意見がありました。しかし、刊行後に改めて読み返したら、講談社の全集に収録される時に改変された『ダスト8』(『ダスト18』を単行本用に改編し、改題したもの)よりも断然面白いという反応が多く、結果、僕自身も手塚先生のことばを鵜呑みにしちゃいけないということに改めて気付かされました。

――なぜ『ダスト18』を第一弾に選ばれたのですか。

濱田 『ダスト18』は復刊ではなく新刊、初単行本化という点が重要なポイントでした。それを理由に選んだんです。何しろ立東舎初の本格的な漫画作品でしたから、売りになる要素が必要ということで。とはいえ、手塚作品のなかでは、決して有名な作品ではありませんし、ある種のリスクを伴ってはいました。実際、手塚プロに企画を提案した際にも「なんでまたマイナーな作品を……」と指摘されましたから。ただ、タイトルはもちろんのこと、内容的にもふたつの作品は別物で、僕自身が学生時代に切り抜きを集めて読んで、『ダスト18』は『ダスト8』より面白いと感じていたので、これはいつか単行本にしたいと時機をうかがっていたんです。実は数年前に他社に相談したこともあったんですよ。でも、その時はタイミングが合わなかった。

 その後の4作品は、先ほどお話しした通り、わざわざ先生が嫌っているものを選んだわけではなく、単純に発表された時期や主題、改編の度合いなどを鑑みてのものです。気付けば先生自身の点が辛い作品が揃ってしまった。あと、裏テーマ的にいずれの作品でも手塚ファンにはお馴染みのキャラクター、ロックが登場するという共通点があります。これは余談ですが。

  一方、『空気の底』は、手塚先生自身が全集のあとがきで、気に入っている旨を記されていて、連作短編という意味でも、初見の読者に興味を持ってもらえそうだということで選びました。それともうひとつ。『空気の底』を初出版で読みたいと声を上げたのは、誰あろう立東舎の発行人です。学生時代の愛読書だったそうです。


『ダスト8』では未収録だった『ダスト18』最終回からの1ページ

『空気の底』シリーズ全話を発表順に掲載

――『空気の底 オリジナル版』ということですが、単行本化の際に連載時からの改変はどの程度あったのでしょうか?

濱田 この連載、毎回カラー扉がついていたんです。これまでの単行本ではそれらがカットもしくは1色で掲載されているので、今回は初出通り再現しました。しかも全て原画が残っていたので、原画からの再録です。そのため連載当時よりも色が鮮明になっています。1期の作品のように大きな改編はないのですが、表情をはじめコマ単位での描き変えが複数あります。


「カメレオン」のカラー扉

――『空気の底』は単行本化の際にさまざまな短編が併録されていますが、今回併録された4作品の選定基準はどのようなものでした?

濱田 『空気の底』と同時期に発表された作品ということで選んだ4作品です。『空気の底』は過去に何度か単行本化されていますが、その際、シリーズ全話が収録されていた訳ではなく、手塚先生自身によって選ばれたエピソードと、シリーズとは無関係ですが、同傾向の短編が併載されていました。実は、シリーズ全話が1冊にまとまったのは、講談社の全集が初めてだったんです。しかも、それすら発表順ではなく、先生の好みで収録順が変更されています。ですが、今回は初出通り、発表順に収録しました。

 今回選んだ4作は、結果的に過去の(『空気の底』の)単行本に併載されていた作品です。実は他の短編も候補に挙げていたんですが、吟味の末、やはりこの4作品の収まりが良いということで。なかでも『嚢』は、のちに『ブラック・ジャック』でピノコ誕生のエピソードとして採用される畸形嚢腫を扱った短編で、既刊では1色で収録されていましたが、今回は初出通りに2色で収録しました。この色味がとても良いんです。全集などで既読の方も違った印象を持たれるのではないでしょうか。

 あと、『空気の底』は、右頁から始まる回が複数回あって、そのため結構な頻度で白頁が出ちゃうんですね。ですから、今回はそうした空いた頁に、「手塚治虫1コマ劇場」と題して、単行本未収録を含む1コマ漫画を数編掲載しました。『空気の底』は全体的に暗い話が多いので、幕間というか箸休めというか、そんな感じで楽しんで頂ければ。


2色原稿をカラーで再現した「嚢」

――没後30年経っても、定期的に新刊が刊行され続けているというのは、とても稀有なことだと思います。濱田さんがこういった書籍の企画を立案する際には、どのような点に気を付けていますか?

濱田 出版社によってそれぞれの特色がありますから、それに合わせて持ち込む企画を考えています。立東舎には、手塚作品でも中期の作品を中心に提案してきました。それがいわゆる「黒手塚」にカテゴライズされる作品が揃った理由でもあるんですが。

 立東舎以外では、国書刊行会、玄光社、888ブックスなどに企画を提案してきたんですが、順にあげれば、国書刊行会では、これまで、多少値は張るもののしっかりした造本の愛蔵版を、玄光社は、もともと『イラストレーション』という雑誌を出している会社なので、漫画ではなく、イラストレーション的な一枚絵やムック本のような構成のビジュアルブックの企画を提案するといった具合です。

 そして、3月に『手塚治虫アーリーワークス(マアチャンの日記帳/ロマンス島)』を出す888ブックスは、これまで画集や絵本、それに何作かのユニークな漫画を出してきた会社で、普段から少しマニアックな造りの本を出しているので、大手の出版社で企画を通すのが難しいものを出せるという利点から、それに相応しい作品として、新聞漫画と「ロマンス島」を選びました。実際、小回りがきく規模の出版社だからこそ出せる本というのがあるんですね。その分、部数や価格に影響が出るので、そこは痛し痒しという面がありますけれど。

 そもそも復刻って、色々と手間がかかるんです。今やPC上で簡単に補正が出来ると思われがちですけど、結局はオペレータの技術や知見に左右されるところがあり、最後は人力による手作業ですから、時間も費用もかかります。ある種の特殊技能が必要とされるんですよ。ですから、それが価格に反映されるのは致し方ないことなんです。そんななか立東舎のシリーズは、比較的手に取りやすい価格設定になっているのも特長のひとつですね。もっとも、それには様々な要素が複合的に絡み合っているんですが。いずれにせよ、各社、それぞれが工夫しながら取り組んでいるのが復刻の現状です。

(2020年2月12日 立東舎にて取材)

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手塚治虫(てづかおさむ)
1928年、大阪府豊中市生まれ。兵庫県宝塚市で少年時代を過ごす。46年マンガ家としてデビュー。翌年発表した「新寶島」等のストーリーマンガにより、戦後マンガ界に新生面を拓く。62年アニメーション作家としてデビュー。翌年から放映したテレビアニメ「鉄腕アトム」により、テレビアニメブームをまきおこす。89年2月9日没。

立東舎
2020年2月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

立東舎

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