手塚先生の改変は本当に油断ならない(笑)。奥が深いんですよ。~立東舎の復刻シリーズ仕掛け人に聞く手塚治虫の仕事

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空気の底 オリジナル版

『空気の底 オリジナル版』

著者
手塚治虫 [著]
出版社
立東舎
ISBN
9784845634682
発売日
2020/02/21
価格
4,180円(税込)

手塚先生の改変は本当に油断ならない(笑)。奥が深いんですよ。~立東舎の復刻シリーズ仕掛け人に聞く手塚治虫の仕事

[文] 立東舎

手塚治虫の漫画作品を刊行する以前、立東舎からはテキストを主体にした文庫本や、レアな画稿をまとめた『ヴィンテージ・アートワークス』といった作品が刊行されている。そのような前史があってこそ、『ダスト18』以降の復刻作品につながっていったということのようだ。一連の書籍で企画・編集を務めている濱田高志さんに、「立東舎の手塚治虫」について話を伺った。

珍しい画稿がまとまった「ヴィンテージ・アートワークス」2作

――そもそも立東舎では、『ぼくはマンガ家』の文庫(2016年)が手塚作品刊行の始まりでしたね。

濱田 立東舎は活字本中心に出版されているので、そうなると漫画作品ではなく、エッセイや小説なら出せるということで提案したのがきっかけです。講談社の漫画全集が文庫全集にまとまった際に、エッセイ集や対談集がオミットされたので、それなら同じ文庫サイズでその補足というか、拾遺集を出せればと考えました。

――『ぼくはマンガ家』以降、テキスト主体の文庫が10冊も刊行されました。手塚治虫は漫画作品だけでも膨大な量を残しているのに、テキストもこんなに書いていたのかと驚きました。

濱田 文庫シリーズは、既刊に収録されたものをテーマ別に編み直し、その際にこれまでの単行本には未収録のエッセイや新たに発掘したシノプシスや図版を豊富に収録しています。実はこのシリーズにしか入っていない作品が結構あるんです。これ以外にも、まだまだ単行本未収録のエッセイや対談、講演録があるんですよ。

――そして、『手塚治虫ヴィンテージ・アートワークス』として「漫画編」「アニメ編」の2冊が、2017~2018年に刊行されました。これは「誰もみたことがない手塚治虫」ということで、単行本に未収録だったレアな画稿をふんだんに掲載したものでした。筆致もリアルで、本当に貴重な作品集ですね。

濱田 僕が各社で企画してきたもののなかでも特筆すべき2冊です。とにかくこれほどまでに手塚先生の珍しい画稿がまとまった本はないと思います。これは手塚プロ資料室の田中創さんの協力なしには出せなかった本ですね。4年前に亡くなった資料室室長の森晴路さんとは生前よく雑談させて頂きましたが、その時に伺っていた「先生はあの時、こんな絵を描いていた」とか「あれは企画書やスケッチだけ残ってる」といった情報を田中さんに伝えて原稿を探してもらったり、田中さんが新たに発掘して下さった素材もたくさんあります。ある種のお蔵出し本ですね。手塚先生の生誕90周年という周年企画だからこそ出せた本だと思います。マニア向けな側面もありますが、頁を繰るだけでも楽しい内容になっていますから、未読の方に是非お勧めしたいですね。こういったビジュアルブックは、気付けば入手困難というケースが多いので。


貴重な画稿が満載の『手塚治虫ヴィンテージ・アートワークス』2作

「黒手塚」という表現には抵抗がある

――では、改めて〈手塚ノワール〉1期5冊のことを伺いたいと思います。『ダスト18』については先ほど伺ったので、ほかの作品についてお聞かせ下さい。『ダスト18』に続いて『アラバスター オリジナル版』『アポロの歌 オリジナル版』『ボンバ! 手塚治虫ダーク・アンソロジー』『ブルンガ1世 オリジナル版』と、いわゆる黒手塚作品が刊行されました。「立東舎は、本人の評価が低い作品ばかりを選んでいるのでは?」という声も聞かれましたが、逆に「いまこそオリジナルの形で読みたい」という意見も多かったですね。

濱田 「黒手塚」というワード、僕自身は決して好きな表現ではないんです。ですから、シリーズを始める際に、あえて「黒手塚シリーズ」と銘打ちませんでした。とはいえ、企画書にはしっかり「黒手塚シリーズ」と明記しましたが。「黒手塚」というワードには、便利な面があって、「黒手塚」というと、手塚作品をある程度読み込んでいる人は「ああ、あれね」と相槌を打ち、さほど知らない人は「なにそれ? 例えばどんな作品?」と耳を傾けてくれるんです。興味を持ってもらう、いいきっかけになる。だけど、「黒手塚シリーズ」というシリーズ名にはしたくなかった。とはいえ、巻数を重ねるうちに、1期を総称する必要に迫られて、版元の担当者と話すうち、「黒手塚」と意味的には同じでも、それとは違った「手塚ノワール」というワードが出てきて、それにしよう、ということになりました。ノワール、つまりフランス語の「黒」ですね。闇社会の犯罪や人間の悪意を描いた作品を指すワードです。これは個人的嗜好でしかないので、「黒手塚」も「手塚ノワール」も同じじゃないかと言われればそれまでですけど、耳にした時の「黒手塚」って語感がね、ちょっと滅入ってしまうんです(笑)。

 話を戻すと、『アラバスター』以降の作品は、確かに陰気な雰囲気の作品が並びました。でも、いずれも相応の改変があって、新たにオリジナル版として出す意義があると思ったんです。どの作品も決して内容が古びていない、普遍的なテーマを扱っている点も共通していますね。


立東舎の〈手塚ノワール〉シリーズ1期5冊

――一連の作品ではデザインや印刷加工、用紙が凝っていて、「紙の本であること」の必然性も感じられました。

濱田 やはり初出時のB5という判型と、紙の本ならではの重量感を大事にしました。あと、連載時は、紙質の問題もあって、裏写りが激しかったり、線が潰れている場合もあるので、改めて上質紙に印刷されたことで、よりダイレクトに絵の魅力が伝わるようになったと思います。それと、作品によっては、ネームや(『ダスト18』)、アニメ化に向けて描かれていた絵コンテ(『ブルンガ1世』)など、既刊には未収録の画稿もあるので、資料面も充実させました。

 表紙のデザインは、全巻オフィスアスクの米川裕也さんにお願いしているんですが、毎回仕上がりが楽しみでした。特殊加工も効果的に仕上がっていると思います。米川さんは作品を読み込んだ上で、なぜここにこのキャラを配置したのか、なぜこの場面を選んだのかといった考えが明確なので、信頼してお任せ出来ました。最初にこちらから指定したのは、書名には、連載時のタイトルロゴを使用すること。表1に使用する絵はある程度こちらで絞って、最終的には彼に選んでもらうことにしました。各巻、見本が上がってくると、見慣れた絵がデザイン次第でこうも新鮮に映るのかと驚きましたね。晩年の手塚先生は、敢えて自身の絵を使わず、横山明さんや毛利彰さんらイラストレーターに表紙絵を委ねていましたが、今、このシリーズの表紙を並べて見ると、やっぱり手塚先生の絵が表紙を飾るとインパクトがありますね。

 どれも作品の世界観を伝える仕上がりですが、『ブルンガ1世』がもっとも評判が良かったかも知れません。手に取ってみないと判りませんが、細かな加工が素晴らしいんですよ。あと、毎回奥付にそれぞれの作品に登場するヒョウタンツギを添えている遊び心も楽しいです。米川さん自身が作品に入れ込んで、楽しみながらデザインしているのが伝わってきますね。実は今度国書刊行会から出す『アドルフに告ぐ オリジナル版』も、装丁は、米川さんにお願いしています。


特殊加工が施されウロコのような質感を持った『ブルンガ1世』のカバー

――その後、『鉄腕アトム プロローグ集成』が2019年に刊行されました。いわゆる「本編」以外のアトムの集大成という感じで、バラエティに富んだ作品が収録されていましたね。こちらもB5判ということで、迫力の誌面が魅力的でした。

濱田  朝日ソノラマのサンコミックスのために描き下ろされた各話の導入部にあたるプロローグ漫画を集めて、ほかにアトムが登場する短編で編んだ作品集です。これも拾遺集ですね。ここにしか掲載されていないカットがたくさんあります。なかでも目玉は、完全未発表だった別ヴァージョンの「第三の魔術師」を収録できたことで、ほかに「ひょうたんなまず危機一発」や「がちゃぼい一代記」のようにこれまで何度も再録された作品が、意外にもところどころ改変されていたため、それらを初出版で収録できたのも嬉しかったです。手塚先生の改変は本当に油断ならない(笑)。奥が深いんですよ。既刊と比較しながら読むと色々と発見があるはずです。本書をきっかけに、アトムの本編に興味を持ってもらえれば嬉しいですね。


「鉄腕アトム」の拾遺集『鉄腕アトム プロローグ集成』

(2020年2月12日 立東舎にて取材)

 ***

手塚 治虫(てづか おさむ)
1928年、大阪府豊中市生まれ。兵庫県宝塚市で少年時代を過ごす。46年マンガ家としてデビュー。翌年発表した「新寶島」等のストーリーマンガにより、戦後マンガ界に新生面を拓く。62年アニメーション作家としてデビュー。翌年から放映したテレビアニメ「鉄腕アトム」により、テレビアニメブームをまきおこす。89年2月9日没。

立東舎
2020年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

立東舎

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