最新作は「高齢ドライバー」をテーマにした意欲作。垣谷美雨さん『うちの父が運転をやめません』刊行記念インタビュー

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うちの父が運転をやめません

『うちの父が運転をやめません』

著者
垣谷 美雨 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041079706
発売日
2020/02/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

最新作は「高齢ドライバー」をテーマにした意欲作。垣谷美雨さん『うちの父が運転をやめません』刊行記念インタビュー

[文] カドブン

『老後の資金がありません』など社会問題を扱ってヒットを飛ばす垣谷美雨さんの新刊は、父親の免許返納騒動にまつわる家族の物語。自分の親が運転をいつまで続けるのか。そんな「高齢ドライバー問題」から見えたのは、現代社会のあり方そのものだった――。
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▷レビュー:免許返納をきっかけにした家族再生の物語(評者:内田剛 / フリーランス書店員)

――『老後の資金がありません』『夫の墓には入りません』など、老後の生活や婚姻制度といった社会的・世間的な問題を題材にした小説をお書きになっていますが、普段、テーマはどのように見つけるのですか。

垣谷:普段の生活の中で、さまざまなメディア、友人や知人や身内たちとの会話から、強く印象に残った事柄や一言から自分なりに掘り下げて考えてみるところから始まります。

垣谷美雨『うちの父が運転をやめません』
垣谷美雨『うちの父が運転をやめません』

――今回は「高齢ドライバー」がテーマです。執筆の経緯は?

垣谷:今回は初めてのパターンで、編集者からの提案でした。このテーマを提案されたときは、テレビのニュースで見る程度の知識しかありませんでしたが、ストーリーはいかようにでも組み立てられるだろうと楽観してもいました。一方で、自分にとって執筆の際のいちばんの問題である「感情移入ができるかどうか」については不安がありましたが、書いているうちに田舎の雰囲気にどっぷり浸かり、登場人物全員に「乗り移る」ことができたと思います。

――執筆にあたり「高齢ドライバー」についての知識はどこから得ましたか。その結果、どんな点に興味を持ち、作品に反映させたのでしょう。

垣谷:日頃からテレビニュースで大々的に取り上げられていたし、編集者から資料本を送っていただいたので、それらを参考にしました。いろいろ調べていくと、行きつくところは高齢化社会で、過疎地の問題であることが浮き彫りになってきました。老齢になって反射神経が鈍くなったとか、運転技術がどうのこうのというような小さな問題ではないんですよね。今後の少子化日本をどうやって維持していくのか、税収が減っていくであろう近未来にインフラ整備はどうするのかという大きな問題なんです。いきなりそこにぶち当たって途方に暮れてしまいましたが、そこから現実的な解決策を模索することを始めていきました。どんな問題でも解決法はひとつではありません。それぞれの事情や考え方などがあります。だから八方塞がりの中でも、解決策をひとつだけでも提案できればと思って書き進めました。

――本作は「高齢ドライバー」の現状を分析して訴えるだけでなく、それをきっかけにした家族の物語になっています。

垣谷:人口減少にもかかわらず、相変わらず東京は流入人口が流出人口を上回っています。となると、田舎には年寄りだけが残る。兄弟姉妹が多かった時代ならば、長男が家を継ぐことも多かったでしょうが、今はそうはいきません。私自身、なぜ東京に出てきたのか。どうして今もそんなに都会が好きなのか。なぜ田舎が嫌いなのか。なぜ故郷を懐かしく思わないのか。空気がきれいで自然がいっぱいで家も広いし犬でも猫でも飼えるのに、なぜ田舎で生活したいと思わないのか。それらを真剣に考えてみました。その本当の理由に行きついたとき、主人公にも同じことを気づかせてあげたいと思ったんです。そうするためには、主人公は根が真面目で真っすぐな心を子供の頃から持ち続けているような、少し単純な人物でなければいけませんでした。

――どのキャラクターに思い入れがありますか? ご自身や身近な人に似ているキャラクターはいますか?

垣谷:思い入れがあるのはやはり主人公の猪狩雅志ですね。自分に似ている登場人物はいないと思いますが、敢えて言うなら、雅志の実家の両親が私の両親に少し似ているかもしれません。

――ちょうど執筆されている最中に池袋高齢者ドライバー暴走事故がありました。作品に影響を与えましたか?

垣谷:影響はありました。都市部を舞台にするのはやめようと思うきっかけになりました。池袋は何本も電車が走っていて、タクシーもすぐにつかまる所です。あんな大都会で、高齢者が無理して自ら運転する気持ちがわかりませんでした。車を持っている若い人でも、池袋に買い物に行くときは電車を利用する人が多いのではないでしょうか。ちょうどその頃、芸能人が免許を返納するのがニュースで取り上げられるようになりました。あのニュースを見て「偉いな」と感心した人がどれくらいいたでしょうか。カッコイイ車に乗って都心を走るのは、生活のためではなく趣味の領域でしょう。「趣味をやめました」と言っているに過ぎませんよね。過疎地の老人が食料品を求めて遠くのスーパーまで仕方なく運転していくのとはわけが違います。そうしたことを考えて、車がないと死活問題となる過疎の町に焦点を絞ろうと決めました。都市部を舞台にすれば、「年寄りの自分が車を運転するのは危ないので、電車とバスとタクシーを利用することにしました」の一行で小説が終わってしまいますから。

――父の免許返納を説得しようとしながらも、「田舎じゃ車がないと生活できない」という現実にも主人公はぶち当たります。地方と都会の対比はこれまでの垣谷作品でも印象的に描かれていますが、どのような思い入れがあるのでしょうか。

垣谷:東京に住んでいると、まるで東京だけが日本であるかのように勘違いしている人が多いと思うことがあります。ニュースもしかり、小説の舞台もしかり。テレビドラマなども、地方が舞台であったとしても、最終的には上京するパターンが多い。製作者のほとんどが東京に住んでいるからでしょう。しかし現実は、地方で暮らす人々が圧倒的多数です。ですから地方の話を盛り込まないと、日本全体が見えてこないと考えています。

――この作品を書いて、「高齢ドライバー」への考え、見方はどのように変化しましたか。

垣谷:みんな平等に年を取るという当たり前のことに改めて気づかされました。誰一人として他人事ではないはずなのに、老人を異星人のように扱う傾向があるように感じます。老人を敬うという儒教の教えは、もしかして人間がみんな穏やかに命を全うするために必要だったのかと思いました。私もこの前まで高校生だったような気がしているのですが、あっという間に年を取りました。年齢以外にも、見た目だけではわからない身体の不調や様々な事情を抱えている人は想像以上に多いのではないかと思います。それらを考えると、老若男女にかかわらず、誰に対しても寛大であらねばならないと思うようになりました。

――垣谷さんはご自身の免許返納についてどう考えていますか。

垣谷:保育園の送り迎えのために、ペーパードライバーを返上して運転を始めたのは二十代でした。それ以来、盆正月に兵庫の実家に帰省するときも車。その頃は本当に車中心の生活で、徒歩五分の郵便局に行くのでさえ車で行くような生活をしていました。でも、常に運転に対する苦手意識からは逃れられませんでした。不思議なことに、自信がついてきたのは四十代も後半になってから。案外私って運転がうまいんじゃないかと思い始めたんです。一方で、もしかしてこれが油断ってやつかもしれない、とも思いました。今は駅に近い便利な所に住んでいるので、運転しなくても生活に支障はありません。ですが、まだ当分は返納したくないですね。東京では運転できなくてもかまわないけれど、人のいない北海道の真っすぐな道を、いつかブッ飛ばしてみたいと思っています。

――どんな方に読んでほしいですか。

垣谷:老人に対して苛々している若い人です。「あなたもいつかは年を取る」ということが伝わればと思います。

――これから取り組んでみたいテーマはありますか?

垣谷:代理母と近未来の日本について、書いてみたいと思っています。

▼垣谷美雨『うちの父が運転をやめません』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321811000204/

取材・文:編集部 

KADOKAWA カドブン
2020年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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