ささやかだけど確かな幸せ 落涙必至の大阪ヒューマンストーリー
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
〈「誰がばあさんや! うちはまだ七十二や!」「十分ばあさんやないですか!」……〉。大阪・京橋のキャバレー「グランドシャトー」で働くベテランホステスのルーは、あの頃を覚えている。生バンドが奏でる音楽をバックに、ダンスフロアで男と女が体を寄せ合って、不倫でもない、商売でもない、奇妙で居心地の良い関係を作っていた、あの日々を。絶対店は閉めさせへんで!
という、たそがれのプロローグから、時はぐーんと遡り、故あって家出した少女が、昭和三十八年の春、橋の上でナンバーワンホステスである真珠ねえさんと出会うところから、一代記のはじまりはじまり。
学も無いし色気にも欠けるけど、人を楽しませる才能に長けたルーは「おもろいホステス」というキャラクターでどんどん人気者になっていく。リーダブルな文章と運びのうまさには定評がある著者だが、今回も一気に物語に引き込まれた。
どんな本、と一言で評しにくい。水商売のシロウトが伝説的なホステスに成長するお仕事小説であり、いわくのある女二人が信頼関係を築くバディものでもあり、大阪発祥のキャバレー業界の内幕ものでもあり……さまざまな要素が絡み合いながら物語をぐいぐい推進させる。昭和から平成の時代を描くという「大河」的な面白さも併せ持つ。
そんななかでも、ルーと真珠ねえさんが過ごす中崎町の長屋での日々がなんとも素敵だ。お地蔵さんを掃除して、チキンラーメンをすすり、銭湯に通い……。地に足のついた暮らしの、ささやかだけど確かな幸せがしっかりと描かれる。
なぜ真珠が質素な生活を送っているのか、ルーは不思議に思い続けるのだが、いろいろな事実が明かされていく終盤は落涙必至。〈あれはなんてええ日やったんやろう〉。ひとは、どこにいたっていい。やさしく温かい気持ちにしてくれるヒューマンストーリー。