【文庫双六】熱き文体が疾走する痛快アナキストの評伝――梯久美子

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村に火をつけ、白痴になれ

『村に火をつけ、白痴になれ』

著者
栗原 康 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784000022316
発売日
2016/03/23
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

熱き文体が疾走する痛快アナキストの評伝

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】白百合を山百合と混同!? 草花あふれる作中の“謎”――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/608512

 ***

 夏目漱石の『それから』には、主人公の代助が『煤烟』という小説について語る場面がある。『それから』は朝日新聞の連載小説だったが、この作品の前に同紙に連載されていたのが『煤烟』だった。作者は漱石門下の森田草平である。

『煤烟』は森田自身が起こした心中未遂を題材にしている。相手は平塚明、のちの平塚らいてうだ。

「紳士淑女の情死未遂」「情婦は女子大卒業生」などと新聞に書きたてられたこの事件を小説にすることを勧めたのは漱石だった。

 らいてうが「元始、女性は太陽であった」と宣言して『青鞜』を創刊し、センセーションを巻き起こしたのは、事件の3年後のことだ。そして、その『青鞜』をらいてうから引き継いだのが伊藤野枝である。関東大震災後に大杉栄とともに憲兵隊に惨殺されることになる野枝は、この時まだ19歳だった。

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』は、その野枝の評伝。著者はアナキズム研究者の栗原康である。

 タイトルも過激だが(版元は岩波書店)、「ど根性でセックスだ」「青鞜社の庭にウンコをばら撒く」「友だちは非国民」などなど、目次に並ぶ見出しを見て「なんだこりゃ」と唖然となった。

 だが読み進むうちに、野枝の規格外れの生き方の痛快さと、疾走する文体の熱さに、ページをめくる手が止まらなくなった。

 書いて書いて書きまくる一方で、28歳で死ぬまでに7人の子を産んだ。秩序を憎み、道徳を否定し、どんな時もワガママ勝手。実の妹にまで「強欲」と言われた野枝は、こんなことを書いている。

〈他人に讃められるということは何にもならないのです。自分の血を絞り肉をそいでさえいれば人は皆よろこびます。ほめます。ほめられることが生きがいのあることでないということを忘れないでください〉

 本当にその通りです野枝さん。これはきっと今の世にこそ必要な本。騙されたと思って読んでみてほしい。

新潮社 週刊新潮
2020年2月27日梅見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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