『宝の山』
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五十三階を上る
[レビュアー] 水生大海
日本で一番高いビル、あべのハルカスの五十三階にはなにが入ってましたっけ。通常はエレベーターでの移動ですよね。一階から六十階までを走り上るハルカス・スカイランというイベントがあると聞いて驚いたものです。
五十三階。スマホのヘルスデータが叩(たた)きだした、とある一日に「上った階数」のアクティビティの数値です。
新刊『宝の山』は、災害に見舞われて人口流出が続き、衰退している山間(やまあい)の村、架空の場所が舞台です。山がこうあり、隣の自治体とはこのぐらいの距離で、とあれこれ設定しました。小説がある程度の形になってから、情景描写を補おうとさらにイメージハンティングに。雰囲気をつかむためなので、観光地を選びます。美味(おい)しいものも食べられたらいいな。
と思っていたのになぜか、五十三階。
その町は山城(やまじろ)が有名でしてね。しかしなにを血迷って登る気になったのか。城下町、門の跡、櫓(やぐら)の跡。急勾配の山道は、行けども行けども頂上が遠い。それでも山の上から見る景色は最高に美しく、ハイテンションになってさらに別の山城跡に。おかげで一日トータルの上った階数が、五十三階というわけです。
データから確認した最初の山城は、三十五階分に匹敵しました。三十五階でも充分高い。ここに住んでいた人たちは、どれだけ頻繁に麓と行き来していたんでしょう。住んでいるその場所から動けない人もいたのかも。
さて。『宝の山』の主人公、希子(きこ)は災害で家族を失い、育ててくれた伯父の介護に明け暮れる毎日。その場所から動けない、いわば囚(とら)われた人です。奇妙な隣人に悩まされてもいます。ところが村を宣伝するために雇われたブロガーが消えたことにより、希子はその宣伝計画に巻きこまれていきます。その結果、山をさらに登るのか、それとも下りるのか。
物語が終わったとき、彼女が得たものはなにか。ぜひ本書をお読みになってください。