俵屋宗達が西洋で出会った天才絵師
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
俵屋宗達(たわらやそうたつ)といえば、誰しも「風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびようぶ)」を思い浮かべるだろう。
この「風神雷神図屏風」秘史ともいうべき画期的作品が登場した。それが原田マハの『風神雷神Juppiter, Aeolus』である。ここで私は、“誰しも”ということばを再び使わねばならない。何故なら、原田マハといえば、これまで、ルソーを描いた『楽園のカンヴァス』やピカソを描いた『暗幕のゲルニカ』など、ヨーロッパ美術史に材を得た作品が知られており、それがいきなり俵屋宗達とくれば、誰しも驚かずにはいられなかったということになる。
が、そこは原田マハ、この作者にしか書けない秘策があった。
では宗達とイタリア・ルネッサンスをつなぐもの――それは天正(てんしよう)遣欧少年使節団である。この使節団については、未だ謎が多く、ヨーロッパに渡った使節全員の名前すら分かっていない。その中に俵屋宗達がいたら、どうなるか。作者同様、私達読者もゾクゾクしてくるではないか。
京の扇屋の息子宗達が、狩野永徳に弟子入りし、信長の命によって「洛中洛外図」の完成を手伝い、さらにその信長の密命によって、使節団の中で唯一絵師として海を渡る。その密命については書けないが、宗達の風神雷神とアイオロスとユピテルが出会うシーンのめくるめく感動はどうであろうか。
物語は、プロローグとエピローグで京都国立博物館研究員の望月彩とマカオ博物館の研究員レイモンド・ウォンの、東西を分かたぬ「美」をめぐる幻想譚のかたちで、この一巻をくくっている。そして幻想譚であるからこそ、本書は大いなるロマンといえるのではないか。