「ゼネコン」でも「マスコミ」でもない。「人」だ。統合型リゾート(IR)をめぐる、企業謀略サスペンス。『流浪の大地』

レビュー

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流浪の大地

『流浪の大地』

著者
本城, 雅人
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041077702
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

「ゼネコン」でも「マスコミ」でもない。「人」だ。統合型リゾート(IR)をめぐる、企業謀略サスペンス。『流浪の大地』

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

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(評者:大矢博子 / 書評家)

 1993年から94年にかけて起きた大規模なゼネコン汚職事件から2017年に発覚したリニア談合の裁判に至るまで、ゼネコンによる事件はなかなかなくならない。2005年には大手数社による「談合決別宣言」もあったはずなのだが。

 だが、ゼネコンという名前の生き物がいるわけではない。人の集まりなのだ。そして大部分の現場の人々は真摯に仕事に向き合っているはずだ。震災の後で昼夜を問わず行われたインフラの復旧工事には頭が下がった。

 本城雅人の新刊『流浪の大地』は、そんな真面目なゼネコンマンがはからずも談合事件に巻き込まれてしまう物語である。

 大手ゼネコン・鬼束建設の新井は、国内外で多くの困難な工事を成功させてきた優秀なゼネコンマンだ。同僚や部下の信頼も厚い。だが3年前の談合事件で取り調べを受けて以降、閑職に追いやられていた。談合などやっていないと新井は懸命に主張したのに、会社が談合を認めたのである。

 そんな新井に、カジノを含む日本初統合型リゾート(IR)の工事が任されることになった。名誉挽回のチャンスに張り切る新井だったが、かつての部下・根元からのコンタクトに不安がよぎる。3年前の案件にも根元がかかわっていたのだ。自分は任された仕事を誠意を持ってやっているつもりだが、もしかしてまた何かが起きるのでは……。

 一方同じ頃、中央新聞に勤める那智は、伝説の調査報道記者と呼ばれた伯父が残した資料を調べていた。どうやら建設工事の資料らしいのだが、塗り潰しやイニシャルでの記載が多く、詳細がわからない。

 ゼネコンの新井と、新聞記者の那智。それぞれが向き合う事件がいつしか絡み合い、物語は政界とゼネコンの間に横たわる大きな闇へと入り込んでいく。

本城雅人『流浪の大地』
本城雅人『流浪の大地』

 まず、企業サスペンスとして圧巻の読み応えだ。新井が極めて真面目に仕事に取り組んでいることはとてもよくわかる。なのに周囲がきな臭い。何かが起きる、何か罠が仕掛けられている……そんな気配がどんどん濃くなるのだ。どんな仕掛けがあるのか、それがわかったときには「そこか!」と声が出た。

 だが謎解きがよく出来ている、というだけではない。最大の読みどころは、水面下で談合が行われているらしいことに気づいた新井と中央新聞の面々が、どのようにそれに対抗するかにある。二転三転する展開、万事休すの瀬戸際から逆転を賭けた一撃、予想だにしなかった仕掛けなどなど、何度息を呑んだことか。

 胸に染みるのは、新井の、那智の、調査報道班の記者たちの、ゼネコンの現場で働く者たちの、それぞれの信念だ。大企業の中にあって、個々の社員の抵抗は蟷螂の斧かもしれない。一撃で巨悪を斃すヒーローはいない。それでも彼らは抵抗する。それは彼らが、企業の論理ではなく自分の信念に従って生きることを選んだからだ。保身ではなく、自らの誇りを選択したからだ。

 彼らの依って立つ信念が何か、そしてその信念を彼らに思い出させた存在は何だったか、どうかそこをじっくりと味わっていただきたい。

 本書は国家的プロジェクトをモチーフにしたスケールの大きな企業謀略サスペンスである。だがどれほどスケールが大きくても、たとえ政界や財界が舞台であっても、そこにいるのは「人」なのだ。それぞれに思いがあり、感情があり、大事なものを持つ「人」なのだ。

 そして「人」は、他の「人」に伝えることができる。思いを、信念を、理想を、勇気を、伝えることができる。そのことの力強さがページから立ち上ってくる。

 政界や財界のうんざりするようなニュースは引きもきらない。それでも、ゼネコンやマスコミといった記号ではなく、そこにいる「人」を見たくなる。信じたくなる。心の深いところを強く揺さぶる、骨太な力作である。

▼本城雅人『流浪の大地』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000182/

KADOKAWA カドブン
2020年2月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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