『マトリ』
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【聞きたい。】瀬戸晴海さん 『マトリ 厚労省麻薬取締官』
[文] 磨井慎吾
■「忍び寄る薬物」の実態伝える
厚生労働省の麻薬取締官、通称マトリ。麻薬や覚醒剤などの取り締まりに特化し、司法警察員として警察とともに捜査にあたる薬物犯罪の専門家集団だ。
そのトップを一昨年まで務めていた現場たたき上げの第一線指揮官が、なかなか表には出てこないマトリの具体的業務の数々を明かしたのが本書。時に危険も伴った取締官人生の感慨を「40年間、とても短かった。マラソン的人生ではなく、全力疾走で転びながら200メートルを駆け抜けたような感じです」と語る。
全国8カ所の厚労省地方厚生局に置かれた麻薬取締部に所属するマトリは、全員合わせても300人程度。しかしメンバーの6割以上が薬剤師の資格を持つ少数精鋭部隊で、警察ができない「おとり捜査」なども使った独自の活動を行う。
本書では、欧州から輸入されたロードローラーの内部に巧妙に秘匿した100キロ以上の覚醒剤の押収劇、平成初期から中期にかけて猛威を振るったイラン人密売組織との攻防、さらについ数年前に大きな社会問題となった危険ドラッグの販売店に対する壊滅作戦など、マトリが担った捜査現場の実態が詳細に描かれる。軍の備蓄物資の流出に始まる覚醒剤蔓延(まんえん)の歴史的経緯にも話はおよび、戦後薬物犯罪史の趣もある。
ネットメディアを中心にもっぱらそのダンディーな風貌が注目されているが、「ヒゲは40年前から生やしているものだし、あまり個人的なことばかり書かれても…」と困惑気味。「この本を書いたのは、一般の人に薬物問題の本質を知ってもらいたいから。対岸の火事と思う人も多いが、俳優など著名人だけでなく官僚や新聞記者、教員、警察官も逮捕されている。それくらい社会に広がり、身近に忍び寄っていることを知ってほしい」と、渋い声で力を込めた。(新潮新書・820円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】瀬戸晴海
せと・はるうみ 昭和31年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業。55年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用され、薬物犯罪捜査の第一線で長く活躍。平成26年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任し、30年退官。25年、27年に人事院総裁賞受賞。