使い手わずか数十人 ニューギニアの“消滅危機言語”タヤップ

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最期の言葉の村へ

『最期の言葉の村へ』

著者
ドン・クリック [著]/上京恵 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562057207
発売日
2020/01/21
価格
2,970円(税込)

消滅危機言語「タヤップ」が歩む引き返せない道

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 消滅危機言語は世界中にあるが、わずかな人にしか通じない言語を守ることはとても難しい。その言語を使って教育を受けたり働いたりすることが困難になれば、他の言語に乗り換えるしかない。日本人が日本語の書籍を当たり前に享受できるのは、それを読める人が一億人も存在するからである。もし日本語を使って生活する人が千人しかいなくなれば、日本語の小説はもちろん、日本語で書かれた子どもの教科書もなくなるかもしれない。

 この本に描かれる消滅危機言語タヤップは、パプアニューギニアの奥地で、わずか数十人が使う言語だ。著者は、先住民族の村ガプンに三十年間で七回滞在し(それぞれの期間は一カ月から一年三カ月程度)、消えゆくタヤップ語を記録した。最寄りの州都から三日間かけてたどりつく僻地だが、人々の言葉はすでにトク・ピシン(英語を土台とした公用語)が優勢。タヤップ語で虹をなんと呼ぶかを知るためには、彼らの言う「レンボー」が英語のレインボーからきたトク・ピシンであることを説明し、タヤップ語の「虹」という単語を尋ねるのだが、そこからは、ある人の答えが次の人に否定される繰り返し。答えを得ることは簡単ではない。

 村の人々は著者(白人)を、村人の生まれ変わりと決めた。彼らは、いつか黒い肌が脱皮のように割れて白い肌の裕福な人間に生まれ変わると信じている。村人はタヤップ語を「教えたい」のではなく、生まれ変わりの秘法を「教わりたい」。長老は歯が抜けて発音があやしいし、若者はタヤップ語を人前ではほとんど話さない。彼らはすでに引き返せない道を歩いている。

 タヤップ語の消滅過程に「滅びの美学」はなく、彼らは世界のかたすみでまだ生きていることの残酷さに耐えている。でも、ここに描かれたガプンの人々は明るく、ユーモラスだ。著者がガプンの明るい面を見ようとしているからである。

新潮社 週刊新潮
2020年3月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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