「日本の恥!」と目の敵にされたタイ好きオヤジの“バイブル”回想記

レビュー

5
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バンコクドリーム

『バンコクドリーム』

著者
室橋裕和 [著]
出版社
イースト・プレス
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784781618463
発売日
2019/12/17
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

「日本の恥!」と目の敵にされたタイ好きオヤジの“バイブル”回想記

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 風俗、というか売春情報をあくまでメインに、しかし実用コラムや硬派な報道も挟んでタイ好きオヤジたちの月刊聖書となっていた『Gダイアリー』の最盛期は2000年代前半の数年間で、それは僕自身がタイにハマってバンコクにアパートを借りて通っていた時期と重なる。もちろんGダイは毎号読み込んでいたし、書中に描かれる人物や場所もずいぶん自分の体験と重なっているので、冷静には読めなかったのが、そのGダイ編集者としておよそ10年間をバンコクで過ごした著者の回想記。

 日本に「自分の居場所」を持てない漂流編集者たちが、同じく自分の居場所を持てないオヤジたちに向けてつくっていた希有なメディア。著者の体験はそのまま、あの時代ならではの、東南アジアの外国人コミュニティに漂っていた宙ぶらりんのぬるま湯感覚と、曖昧な未来への不安感も滲ませていて、室橋さんはいい時代にいい場所にいたな、とつくづく思う。

 少し前には「エコノミック・アニマル」と言われ激しい反日抗議運動も起きていたはずなのに、剥き出しの欲望で大暴れする夜の日本人紳士を、タイの女も男も笑顔で受け止めてくれた。そういう、底が見えないくらい深い包容力を、ときに楽しく、ときに醜いエピソードの数々から読み取ってもらえたら、同じ時代に同じ場所にいた者としてうれしい。

 いまやバンコクは東京並みの物価だし、医療など日本以上の水準のサービスを求めて訪れる日本人も多い。そして日本は外国人観光客だらけだが、それはなにも禅やワビサビや寿司に憧れてではなくて、良質なものやサービスが安く手に入るから。そういう外国人の振る舞いを嫉妬を込めた横眼で見ながら、コロナウィルスとかで客足が落ちると、とたんに青ざめる。あの時代のバンコクを遊べるだけ遊んでいた僕らは、タイ人からそんなふうに見られていたのかもしれないなあと、この本は甘酸っぱい記憶の痛点を突いてくれもした。

新潮社 週刊新潮
2020年3月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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