東日本大震災から、何を学ぶか、学べたか(被災地から未来を考える)

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書籍情報:openBD

東日本大震災から、何を学ぶか、学べたか(被災地から未来を考える)

[レビュアー] 田中重好(尚絅学院大学総合人間科学系教授)

「災害は忘れた頃にやってくる」とは、寺田寅彦の言葉である。この格言を逆から読めば、つねに「災害は忘れられやすい」ことを含意している。同様に、「災害の教訓を学ぶ」という言い方は、「災害の教訓は風化しやすい」ことを語っている。事実、9年前の東日本大震災の経験は、速いスピードで忘れられている。マスコミでも「記念日報道」はなされるが、それ以外の時には、「次の災害」に関心が移っている。それは、毎年のように「新しい災害」が全国各地で発生していることを考えれば仕方のないことかもしれない。だが、ここでわれわれが忘れてはならないのは、東日本大震災は戦後の全世界の災害のなかでもっとも被害額が大きな災害であり、その点で、この災害は他の災害とは比べようもない「突出した災害」であることである。そこから「学ばなければならない」ことは多いが、残念ながら、「学ばないうちに朽ちつつある」のではないか。東日本大震災への関心は、「最新の話題」を中心とするマスコミだけでなく、研究書としても激減している。その点では、本書の出版は「遅れてやってきた研究報告」とも受け取られるかもしれない。
 もう1点、本書の紹介に入る前に確認しておきたいことがある。「災害研究」といわれてきた分野は、従来、理学、工学の研究が中心であったことだ。そうした研究の背後には、「自然災害」は「自然現象」であって社会の「外側の存在」であるという認識論的な前提があった。しかし今や、たとえば、台風の大型化を引き起こしている地球温暖化は人間の活動の結果であることを見ても明らかなように、自然といわれるものは「人間の生活の外側」に存在するものではなくなっている。その点で、災害の研究は、従来のように、自然科学者に任せておけばいいものではない。
 しかし、残念ながら、人文社会科学の分野では、災害は散発的に取り上げられてきたにすぎない。社会学だけに限定して見ても、災害社会学の歴史はごく短い。早くから取り組んできたアメリカでは、戦後の冷戦の影響下、核戦争の脅威に対する社会的反応をテーマとして、災害社会学が始まった。日本では、こうした影響を受けながらも、1970年代、東海地震説や首都直下型地震説が新聞で報道されるようになるのと並行して始まり、本格的には、1995年の阪神淡路大震災時に、数多くの調査研究がなされた。日本社会学会としては、阪神淡路大震災後に、はじめて、災害のシンポジウムが企画された。その時、社会学会の会場で、林春男氏(当時、京都大学防災科学研究所、現在、防災科学研究所理事長)による「役に立たない社会学」との批判・発言は、社会学者に衝撃を与えた。それから十数年後、東日本大震災では、社会学会内に震災に関する特別委員会が設置され、発災した同じ年に、急遽、二つのテーマ・シンポジウムが企画され、その成果を『東日本大震災と社会学』(ミネルヴァ書房)として上梓した。しかし、現在でも、日本においては、入門編はあるが、本格的な「災害社会学」と銘うつ著作がない。それは、災害を社会学的に研究することは行われているが、それぞれの分野(地域、環境、家族、ジェンダー、エスニシティ、福祉、科学、産業、政治行政など)からの研究であって、その各分野を貫く問題の設定や理論的な背景がないことを物語っている。
 以上述べてきたように、日本の災害社会学は「草創期」にある。こうした災害社会学の現状から出発して、本書は共通して、被害の実態解明、災害の防止方法、複合的な巨大災害からの個人の生活再建と被災地の復興の方途、さらに、「今回の災害を通して日本社会は何が問われたのか」を明らかにしようとした。こうした研究目的とともに、社会学が災害研究に取り組む上でのもっとも基本的な理論的視点として、災害に対して「社会が有する制御能力」を出発点に置いた。従来、とくに日本では、防災対策は行政が中心になって行うものという考え方の下、行政による防災対策事業が中心であった。
 しかし、行政中心の防災対策では限界があり、むしろ今後は、防災にかかわる「主体の行為への注目と、社会構造、制度構造への注目という複眼的視点をもつ必要がある」という主張から、本書は出発した。「災害の社会的制御」という視点を強調するために、たとえば、第2巻『防災と支援』を論ずる際に、あえて副題に「成熟した市民社会に向けて」と付し、市民社会の成熟化と関連させて、防災対策や災害支援を検討する必要があることを主張した。これらの議論は本書の企画段階での議論を踏まえ、故舩橋晴俊が中心になってまとめた、「本シリーズの企画の趣旨」のなかで強調した点であり、その内容を各巻に再掲した。
 全3巻からなる本シリーズの執筆者は、社会学のなかでも環境社会学、地域社会学、科学社会学の研究者、プラス、関連分野の研究者、25名からなる。第1巻は原発震災、第2巻は防災と支援、第3巻は震災復興をテーマとした。第1巻は、原発震災そのものと、その結果生じた避難をとりあげている。第1部「福島原発災害はなぜ起きたのか」、第2部「避難者の生活と自治体再建」、第3部「原子力政策は転換できるのか」から構成されている。第2巻のテーマは防災と災害支援である。防災と支援という一見すると異なる2つのテーマに共通している視点は、従来までのパラダイムを転換する必要があることである。本書は、第1部「防災パラダイムの転換」、第2部「支援パラダイムの転換と市民社会」からなる。第3巻のテーマは復興であり、第1部「復興を考える」、第2部「津波被害からの回復と再生」、第3部「原発被災・津波被災後の地域コミュニティ」からなる。
 社会学の視点から東日本大震災を調査研究した本書は、その特徴として、次の点をあげることができる。
 第1に、災害を「社会がもたらしたもの」と捉える視点を持っていることである。原発災害では、それが発生した原因、あるいは、その影響が拡大した原因を、たとえば、「意思決定システムの欠陥」、「原子力複合体」の構造に求め、その災害を「構造災」と捉えてきた。同様に、津波での大量の犠牲者の発生は、これまでの防災パラダイムのもっている欠陥として説明してきた。
 第2に、復興の過程も、社会構造、とくに、地域の社会構造に規定されていると説明してきた。復興に地域的な違いがあることを明らかにすると同時に、その違いが地域社会構造に規定されることを強調した。女川町の復興計画がいち早く合意に達し実施に移されていったのは、原発立地以降に「原発のある町として作り上げてきた」地域社会構造、とくに、行政と産業リーダーとの密接な関係からなる地域社会構造の「たまもの」である。
 第3に、第2の点と表裏の関係にあるが、災害を「地域的な現象」として捉え、地域間の比較、地域間のつながりや関係を見てきたことである。こうした観点から災害を取り上げた結果、被災した後の、コミュニティの再建が中心テーマとなった。また、コミュニティに着目しているからこそ、従来の災害研究には議論されなかったさまざまな論点が浮かび上がってきた。たとえば、被災者の広域避難の結果、被災者と避難先の地域社会との関係、あるいは、避難元と避難先の地域社会との関係が取り上げられてきた。さらに、大災害発生時の中核都市への被災者の大量流入という現象は、今後の発生が危惧されている南海トラフ巨大地震や首都直下型地震の際は、見逃せない問題となるだろう。それにもかかわらず、地域に分散して避難生活を送る被災者への支援の具体策は、ほとんど検討の俎上にすら上っていない。
 第4に、地域的な現象として災害を捉える視点は、結果として、災害現象の地域的多様性を浮かび上がらせることにつながっている。
 第5に、従来の災害研究では、とかく、行政からの視点、あるいは、支援する側の視点から災害現象を研究しがちであった。そこでは、被災者は「救済の対象」「客体」として位置づけられてきた。しかし、社会学的研究では、被災者を主体として捉え、あるいは被災地を中心において、そこから出発する研究に努めている。その結果、被災者が主体となった、あるいは、被災地の主体的な選択を最大限生かすような復興とはなにかを問うことになった。
 第6に、原発に端的にみられるように、こうした甚大な大災害を経験して、社会はどう変化するのか、あるいは、社会はどう変化すべきなのかという議論もなされることになる。原発について脱原発の方向性を議論した以外でも、第二巻で議論してきたように、防災対策が行政中心から社会中心へ転換する必要性、あるいは、「新しい自治のあり方」への展望が議論された。
 以上の特徴を持つ本書は、従来の防災研究には取り上げられてこなかった視点や問題を提起しえた。とはいえ、本書は、災害多発国・日本の社会学が果たすべき役割としては、一里塚にすぎない。
 最後に、本書の「先に問われるべきもの」について触れておきたい。先に述べたように、日本の災害社会学はいまだ草創期にある。そのため、本書の研究も、地域社会学や環境社会学という連辞符的社会学からの災害研究になっている。こうした研究が、どう、一つの理論的な体系をもった「災害社会学」として収斂してゆくのか。最初の企画段階で提示した、防災にかかわる「主体の行為への注目と、社会構造、制度構造への注目という複眼的視点をもつ必要がある」という主張を今後、具体的な調査研究に活かし、さらに、災害をどう社会的に制御しうるのかという問いに答える研究につなげていくのか、大きな課題が残されている。

有斐閣 書斎の窓
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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