東南アジア(ASEAN10諸国)社会の急伸暢――歴史学からの照射

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東南アジアの歴史〔新版〕

『東南アジアの歴史〔新版〕』

著者
桐山 昇 [著]/栗原 浩英 [著]/根本 敬 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784641221390
発売日
2019/12/21
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

東南アジア(ASEAN10諸国)社会の急伸暢――歴史学からの照射

[レビュアー] 桐山昇(中央大学名誉教授)

「から」の目線と「場」の視野

 冒頭から、「傾いた」と認めざるを得ない小見出しを敢えて掲げ、論を進めさせていただく。
 このところ、東南アジア地域に関する情報、論評では、外交・安全保障面、またこれらと直結する「海の物流」論、そして「海のシルクロード」論などが語られることが多くなっている。曰く、「南進する中国」、韓国文政権がこと新たに語る「新南方政策」、そして日本及びアメリカ他が進める「インド太平洋戦略」等々である。だが、これらを注視してみると、大きな特徴がある。それは、その目線が「東」もしくは「東北」からのもの、もっと言えば、「東アジア的」「東北アジア的」なそれである。そもそもが、「ASEAN+3」という字句には、歴史的に「東アジア」と截然と区分けされる「東南アジア」という様々な含意を持って、表現されていると見るべきかもしれないであろう。
 「東アジア」人である筆者にとって、東南アジアについてのこうした表現に出合うと、「そうだな」とも思いながらも、少しは東南アジアを「体験」した者としては、今ひとつ、実感を伴わない、ある種の齟齬を感じる。かつて、マラッカ海峡の東の出口に位置するシンガポールに住んだ時、そこから見える世界は、少なくとも日本からとは、やや違ったものだった気がする。例えば、日本(東)からはアラカン山脈の向こうのインドに代表される南アジア世界に、「隣接地」という感覚に陥る。物理的な距離感だけでなく、そこで日常的にメディアで報じられる各種記事の「近さ」(隣接地観)である。あるいはアフリカ大陸のケニア東岸(インド洋岸)の港町モンバサでの、その昔の体験だが、ここで供された料理には「マレー世界」の香りがあった。考えるまでもなくマレー世界(東南アジア世界)は、インド洋という海洋を挟んだ対岸に位置している。その香りに、「マレー世界」との歴史的繋がりを実感したものだった。インド洋を挟んだアフリカ大陸東岸と東南アジア西端が確かな繋がりを持って向き合い、それはマラッカ海峡へと直結するのだと。

現代東南アジアの四半世紀――時間の「深み」

 今回、共著『東南アジアの歴史』改訂新版を上梓出来た。だが旧版出版からほぼ一六年の時間が経過している。単なる改訂では済ませられないことは著者達の共通した思いだった。そして著者の一人で本稿執筆の桐山は、旧版上梓のおりの「エッセイ」(本誌2004年3月号)に、少々記したように、1990年代半ば、シンガポールに居をおいて、東南アジア各地の日系企業などの現地ヒアリング、製造ライン見学を通じ、外資企業、ことにメーカーが東南アジア社会に急参入し、多数のワーカーを雇用(各種の従業員教育も)したことで、現地社会に何が生じつつあるかを、フィールドから見つめ直していた。それからほぼ四半世紀が経った。顧みると、その時、面談に応じてくれた方々は、日本人であれば、もはや、日本帰任、あるいは退職(転職ではなくて)されているであろう。現地で見学した多くの製造現場・製造ラインに並んで作業をしていた従業員の方々も、在職しておれば「ベテラン」、その多くが転職したであろうか。現在は、母となり、父となり、そして「定年退職」者の位置にいるであろうか。ここには、本書に記したような、この地域世界がこの四半世紀に直面していった社会変動の一端、何よりも「定年」、各種社会保障制度、国民皆保険・年金制度の創設・確立を必須とするようになっていった社会システムの変化が横たわっていると言えるであろう。

開発独裁の表象消滅過程で

 東南アジアで、企業ヒアリングに歩きまわる日々にいつも感じていたことは、その以前、東南アジア諸国に我々「研究者」が入国すること自体に、ある種の緊張を強いる政治的・社会的体制があったことだった。身近な事例を言えば、空港ターミナルでの写真撮影は禁止されていた。撮影などすると、「身の危険」(カメラ没収、時に連行)、ということが当たり前であった。街中では、道路・橋梁などを含む風景撮影さえ、軍事上の機密と禁止され、それが当然視されていた。まさしく独立から冷戦期、開発独裁体制への移行期に照応するものだった。それが、まさに「自由」に、歩き回れるようになった。これが、外資導入型開発政策への転換に伴った変化にまつわる、私の「体験」であった。
 この変化(伸暢)は、国家政策の次元としてのみ生じたことではなかった。近年の各種調査で認知されるようになった東南アジア諸国の識字率の急速な向上である。詳細は本編に記したが、若年層に限定すれば90%をはるかに超えており、中等教育就学率向上も著しい。このことは学校教育の教授言語が統一(国家語)に向かっていることを意味している。そして是非とも指摘しておきたいことは、1997年経済危機の折、困難に直面しても、後退(帰農)が社会現象とはならず、全般的には、むしろ、子弟教育がより強くなる(就学率向上)傾向にあったということであろう。そこには、「技術の現場習得」だけでなく、座学(学校での基礎・専門教育)を要する社会の到来を、一般庶民までもが強く感知していたということであろうか。
 かつてバンコクで、日系銀行支店幹部との面談の終わりに、ふと、銀行間決裁書類が、夕刻に、バイク便で送達されるのですよね、と苦笑交じりに話されたことを鮮明に記憶している。銀行間決済がオンラインでなされるのが一般化するなかで、この時期、なお、ASEAN諸国の金融インフラは、多くが未整備であったことを証するものだった。
 だが他方、同じ時、別の国で、工業団地内にATMが設置され、従業員給与の銀行振り込みが実施されていた。進出日系企業が、多数の女性従業員に現地社会基準で高額給与を現金支給することへの危惧から、給与振り込みに対応出来る体制を取ることを地場銀行に求めたからであった。企業が銀行に口座開設預入金額の引き下げ交渉をし、開設資金貸し付けをしていた。銀行にとって、最低限の金融インフラ整備が焦眉となり、そのためのハード整備はもとより、人材確保・育成は必須となる。利用者側もこれを通じてオンライン、インターネット世界への入り口に立つこととなっていった。電話回線環境が、国際通話は支障ないが、国内通話(市内通話)は障害多発、という状態の一掃が必要となったのである(当時の東南アジア各国はこの状態が長く続いていた)。言うまでもなく、識字はその前提であり、関連知識・技術を社会的に賄えるよう変化が生じることも必要であった。

速度と歪み持つ伸暢

 東南アジアを史的に観察すると、その変化の速さには、改めて瞠目するばかりである。それでも企業社会が浸透するとともに現れてきた「定年」概念の一般社会への拡張に結合した各種体制を、国家が制度設計し創設したのは、おしなべて2010年代になる。
 ただ目を引くのは、変化に、社会がもともと持つ「負の面」を残存させ、社会に組み込んだことだった。例えばこの地域には、「メイド」雇用が根強く残存する。このことは家電関連製品の普及にある偏差をもたらしていた。電気洗濯機は売れても、洗濯機用粉洗剤は売れなかったのは、洗濯はメイドの手作業だったからという。2000年代に入ってのことだが、家電量販店で現地中年女性の大型冷蔵庫購入検討場面を目撃したことがある。それは日本の購買検討と随分と異なっているように見えた。電卓を片手にした彼女が、しきりに気にしていたのは消費電力量のみで、冷蔵庫の使い勝手(内部構造)に関心も示さなかった。「ああ」と、使うのは「メイド」なのだと、気づかされた。東南アジア各国に、もちろん教育・産業配置、などそれぞれの歴史的条件に違いがある。産業社会の担い手たちは、それぞれに、巧拙が入り組んでおり、今や、「働き手」の相互乗り入れなしに、その経済活動は成立しない。否応なく、ASEANは域内労働移動を容認する方向にある。結果、外国籍メイド雇用もその一つなのである。

「哀感」漂う民主化

 思いつくままに述べてきた東南アジア社会のいわば「歴史散歩」の稿を閉じるにあたって、最後に是非触れておきたいことが残っている。それは、2019年4月のインドネシア選挙で、300名をはるかに超える多数の選挙実務担当者が過労死した、との報である。しかも前回大統領選挙でも100名を超える過労死者が出ていたとの追加報道もなされた。
 私には、スハルト政権末期に、このインドネシア社会で、どれほど深く汚職・腐敗が及んでいたか、忘れられない体験がある。バンドン郊外繊維・紡績関連産業集積地で、数日間の企業ヒアリングにジャカルタ・バンドン間の国内線航空便を利用した。この時、リコンファーム済み帰り便搭乗券を転売され、結果渡されたのが、見も知らない別人名義のものであり、記録担当で同行していた妻のものには、男性、との記載さえあった。この種の絶対にしてはならないことが、企業関係者に訊くと、かなりの頻度で生じていたという。強弱を問わず何らかの社会的権限を有する者が、当たり前に、汚職をする、そんな社会であった。
 紙幅が尽きており、詳細は別の機会とするが、この社会で、1億9000万人超の有権者による世界最大規模の大統領直接選挙を含む五種類の選挙同日実施、その即日手作業開票(1)という「民主化の成果」に、各地(各国)に頻発している選挙をめぐる不正や党派抗争などの結果ではなく、もちろんこのことも重大事項であること言をまたないが、開票実務担当者達の過労死に、ある種、痛切な思いを抱いている。もちろん、外電を中心とする報道で、仔細を詳らかにした上での「思い」ではないが、やはり哀感を抱かざるを得ない。2019年5月、政府(選管)は、死者、他に見舞金支払いを開始したとの報はあるが。

(1)インドネシアの選挙関連作業は、日本の記述式投票と全く異なることを承知しておいていただきたい。投票用紙には全政党・候補者のシンボルマークが印刷され、マークの箇所に穴を開けることで選ぶ。故に用紙は新聞紙大となるのが一般的で、これを折りたたんで投票箱に投入する。開票とは、これを拡げ、カウントすることである。

有斐閣 書斎の窓
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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