「些細な出会い」を「大切なつながり」に。著者の魅力が凝縮された『今日も町の隅で』

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今日も町の隅で

『今日も町の隅で』

著者
小野寺 史宜 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041083031
発売日
2020/02/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「些細な出会い」を「大切なつながり」に。著者の魅力が凝縮された『今日も町の隅で』

[レビュアー] 沢田史郎(書店員・丸善お茶の水店)

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(評者:沢田史郎 / 書店員・丸善お茶の水店)

 縁は異なもの味なもの、だそうである。袖振り合うも多生の縁、などとも言う。或いは、合縁奇縁なんて言葉もある。ではその「縁」とは何ぞや? と改めて訊かれると、上手く答えるのは案外難しいのだが、小野寺史宜の作品にはソレが在る、ということだけは言い切ってしまう。
「縁」でなければ「出会い」でもいいし「絆」と言ってもいいのだが、僕は「つながり」という言葉がしっくりくる。

 2019年の本屋大賞で2位に推された『ひと』では、たまたま立ち寄った総菜屋のコロッケから、温かい「縁」がつながってゆく。『ひりつく夜の音』では、落ち目のクラリネット奏者が、やんちゃな若手ギタリストと出会うことで、もう一度自分を信じてみる気になる。一つの交通事故で将来が歪んでしまった二人のスポーツ選手が、「縁」に支えられて新たな一歩を踏み出してゆくのは『リカバリー』。たまたま知り合ったアパートの隣人や日雇いバイトの同僚と、炭火のようにじんわりと親交を温めながら、自分の生き方を探ってゆく青春を描いたのは『まち』。
 などなどと例を挙げ出すとキリが無いのだが、ありきたりの出会いを描きながら、人と人との“つながり”に当たり前なんか無いんだよと、そっと耳打ちしてくれる、そんな作風こそが小野寺史宜の十八番だ。

小野寺史宜『今日も町の隅で』
小野寺史宜『今日も町の隅で』

 そして『今日も町の隅で』である。舞台は、小野寺ファンにはお馴染みの蜜葉市。そこで紡がれる名も無き庶民たちの、珍しくもない日常。どうってことない生活。そして、どこにでもありそうな出会い。
 クラスでハブられて登校拒否になってしまった小5女子が、日頃鬱陶しく感じている男子に、唐突に野球観戦に誘われて「はぁ?」ってなる第1話「梅雨明けヤジオ」。生まれて初めて好きな女の子とデートまでこぎつけたものの、やることなすこと裏目に出てしまう中3男子の右往左往は、第2話「逆にタワー」。第5話「君を待つ」では、誰が誰を待っているのか言ってしまうと興を削ぐので控えるが、俗に言う“アラサー”の男性が、自分につながっている「縁」を、偶然ではなく奇跡として慈しむ心象風景がとにかくやたらと温かい。或いは第6話「リトル・トリマー・ガール」の主人公は、芽の出ない自分に嫌気が差し始めた小説家の卵。或る日、近所に開業したトリミングサロンの若きトリマーと出会い、その悪戦苦闘ぶりに共感し応援する気持ちが、自分自身にも再び火を付ける。次こそは、と自らに声援を送って歩き出すその後ろ姿には、読んでるこちらまで勇気づけられる。

 といった調子で全10話を紹介する程の字数は無いのだけれど、要するに本作の主人公たちは、数ある“どこにでもありそうな出会い”の中から、スルーしていいものと、育むべき「縁」とを、自分なりの尺度で見極める。
 典型的なシーンを一つだけ挙げてみる。両親が離婚して以来、母一人子一人で育ってきた高2男子が、母親とのつながりの尊さを再認識して背筋を伸ばす、第3話「冬の女子部長」から。
 再婚している父親の許には顔も知らない弟がいる。それを母親から初めて聞いた幹矢は、特に会いたいとも会いたくないとも明言しない。そして、ついさっき恋人にフラれたらしい母親に向って、自分の気持ちを打ち明ける。「もしまた今度誰かと付き合うなら、おれもその人に会ってみたいよ」と。「家族にならない弟よりは、家族になるかもしれない他人に会ってみたいよ」と。

 こういうのがあるから、小野寺史宜の小説はクセになるのだ。一期一会などと説教臭いことを言うつもりは無いが、小野寺史宜が生み出す登場人物たちは、老いも若きも男も女も、それこそ“袖振り合う”程度の些細な出会いを、大切な“つながり”に育ててゆく。そのプロセスに、僕は何度、慰められたり励まされたりしてきただろう。
 という訳で、だ。そんなことは言われなくても知ってるよ、という以前からの小野寺ファンは勿論、今作で初めてその機微に触れようとしている入門者諸氏も、どうか安心してページを開いて頂きたい。家庭で、職場で、学校で、「自分ももう少し“つながり”を大事にしてみようかな」。そんな慎ましい前向きさが、ほっこりと胸に芽生えてくる筈だから。

▼小野寺史宜『今日も町の隅で』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000589/

KADOKAWA カドブン
2020年3月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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