谷原章介が憧れる、男からも女からも愛される北方謙三の魅力とは

レビュー

7
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生きるための辞書

『生きるための辞書』

著者
北方 謙三 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103562153
発売日
2020/02/19
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

拝啓 北方謙三様

[レビュアー] 谷原章介(俳優)

谷原章介・評「拝啓 北方謙三様 谷原章介」


北方謙三さん(撮影:小池守)

 僕が謙三さんの存在を認識したのは、女の子に興味全開だけれどもそれを周りに悟られたくない多感な中学生の頃。あの頃の僕は、男というものをどう確立すれば良いのか悶々としておりました。

 そんな時出会ったのがあの雑誌の悩み事相談のコーナーでした。雑誌が出る度に同級生と回し読みしながら「偉そうなおっさんだ!」「カッコつけてんな~」などと言いながらもまっすぐに僕らに向き合ってくれる言葉を、楽しみにしておりました。

 著作も多々読ませていただきましたが、中でも夢中になったのは三国志、水滸伝、楊令伝、チンギス紀などの中国を舞台にした作品群です。

 あの雄大な地を馬にまたがって駆け巡る魅力的な男たちのその生き様に痺れ、食べたことのない美味しそうな料理によだれを垂らし、友との別れに涙する。これに何度もやられました。

 初めてお会いしたのはあるイベントでしたね。僕はいささか緊張しておりました。本当はどんな方なんだろうと。

 お悩みコーナーの言葉は乱暴だけど頼りになるおじさん。メディアを通したイメージは無頼漢。三国志シリーズから感じるのは男臭さと侠気。ハードボイルドで手強そうだなと正直少しびびってました。

 ところが実際にお会いしてみれば、なんと可愛らしい方なのか。とにかく良く喋り楽しそうに笑う。生きていることを楽しんでるのがとてもよく伝わってきます。僕は照れ隠しのしかめっ面と笑顔のギャップにハートを掴まれました。こんなことを言うと怒られるでしょうか。それともちょっとはにかみながら「そうか、俺は可愛いのか」なんて言うのでしょうか。

 イベントは謙三さんのユーモアと博学ぶりに大いに盛り上がりましたね。サービス精神が旺盛で、照れ隠しに「私には北方菌というのがありまして、これに感染すると本を何冊も買ってしまうという厄介な菌です。残念ながら皆さんは感染してしまいました」などといってみなさんを笑わせてました。僕も感染者の一人です。

 後日、改めて飲みにいきました。とても楽しい夜でした。本作の中でも仰ってますが、謙三さんは行く先々のお店で本当に良く人と話をされます。いや、訂正します。店員さんやお客さんに絡みまくります。一緒にいるうちに、これも一つのコミュニケーションなのだと得心しました。

 無理難題とはいいませんが、相手からしたら一見答えに窮するような問いかけや、難しいオーダーをしたりしても誰も嫌な顔一つしないのは、その根底にある人に対する愛情と、謙三さんがお持ちの愛らしさゆえだと思いました。

 同席された女性に対して僕が言ったらセクハラになるような言葉を発せられても、みんななぜだか嬉しそうにしてる。男からも女からも圧倒的にモテる。アラン・ドロンではなくゲンズブールといえばよいのか。単なる見た目の良さだけではなく無骨さと愛嬌が同居するその魅力に皆やられるんでしょうね。もちろん外見も渋くて素敵なのですが。いつか僕も素敵な女性に「お前抱かせろ」なんて言ってみたいものです。今度コツを教えてください。

 この辞書では、様々な切り口で謙三さんの人生や思考、出会いが語られ、人間性が浮き彫りになります。

 印象的なのは行く先々の秘境で毎度訪ねる娼婦宿。金は払うが抱きはしない。マッサージをさせたり、写真を撮ったり。そこにあるのは人間に対する純粋な好奇心なのでしょうか。

 謙三さんと僕が育った横浜にも黄金町という街がありました。大岡川のそばにあったかつての青線地帯は、一間ほどの小さな店の軒先に、ピンク色の灯がともってました。灯りが消えている時は客を取っているかおやすみ。街を歩いている男たちはなぜかお互いににこやかなんです。それは今夜の期待感から来るのかはたまた後ろめたさからか。今ではその街も再開発されてなくなってしまいました。日本のそこかしこに有った、米軍が駐屯していた時代もたくましく生き抜いた人たちの気配があった街。臭い物に蓋をするように、そこで暮らした人たちの痕跡は覆い隠されました。でも、僕の中にはあの川面に映ったたくさんのピンクの明かり、レトロな看板、街の風情は消えずに残ってます。とても綺麗だった。あれも横浜の一つの側面でした。

 この本は読めば読むほど、謙三さんと一緒に時間を過ごしたくなります。ガイドブックに載らない旅をして、日に焼けながら船で釣りをし、レモンと散歩しながら歩く速さを競い、共に映画を見て感想に花を咲かせ、ごうちゃんレストランでごうちゃんをからかうのをたしなめながら笑い、ライブ会場で歌詞に詩情が無いと嘆く。ただ一つできないのは、謙三さんが友と過ごした時間を味わうこと。たくさんの方と出会い、別れ、すれ違い、そして再会する。その一つ一つが北方謙三を作ってきた。願わくば僕もその末席に加えていただきたい。

 謙三さん、今度僕が一番好きな映画の話、聞いてくださいね。行きつけの横浜のジャズバーで!

新潮社 波
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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