強盗傷害、詐欺、窃盗……罪を犯した人は更生できるのか? 男子刑務所の先進的な試み

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

著者
ブレイディ みかこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103526810
発売日
2019/06/21
価格
1,485円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』最終回記念対談】ブレイディみかこ×坂上香/「ささいな言葉」が奇跡を起こす

[文] 新潮社

究極のエンパシー映画


コラムニストのブレイディみかこさんと映画監督の坂上香さん

ブレイディ イギリスに住んでいると、グループ・セラピーはわりと身近にあるんです。彼らは、離婚とか依存症とか、幼い頃に受けた虐待や暴力とか、自分の経験や本音をけっこうあけすけに淡々と語る。でも、日本人は自分のことをあまり口にしないでしょう? だから、『プリズン・サークル』を観て、とても驚きました。

坂上 わたしはアメリカの刑務所でのTCの取り組みを『Lifers 終身刑を超えて』(2004年)というドキュメンタリー作品にしたことがあって、島根あさひがTCを取り入れようとしていることも知っていましたが、ブレイディさんと同じように、日本では無理だと思っていたんです。ところが、その取り組みを実際に見て、驚きました。受刑者が受刑者に対して自分の経験を自分の言葉で語り、それによって自分を見つめ直して新しい価値観や生き方を見つけていたからです。日本の刑務所も変わり始めている、これは映画にしなければ、と思ったのですが、日本の刑務所が舞台のドキュメンタリー映画は前例がありませんでした。取材の許可が下りるまで紆余曲折がありましたが粘り続けて6年、さらに撮影に2年が必要でした。

ブレイディ 映画で主に紹介されているのは、窃盗、詐欺、強盗傷人(強盗致傷と比べて傷害の故意があるもの)、傷害致死などで服役している4人の若者たちですね。

坂上 ええ、島根あさひの最大収容人数は2000人ですが、TCに参加できるのは希望者の中から条件を満たした40人程度にすぎません。彼らは半年から2年程度TCユニットに所属し、寝食や作業をともにしながら週12時間ほどのプログラムを受けます。

ブレイディ 特に印象的だったのは第6章で紹介された「健太郎」でした。人の心をつなぎとめるのはお金だけだと信じていた彼は、借金をしてでも親や恋人にお金を渡していた。その挙句、お金に困るようになって親戚の家に押し入り、怪我を負わせてしまう。強盗傷人、住居侵入で5年の実刑を受け、婚約者も、そのお腹にいた赤ちゃんも、友人も仕事仲間もすべてを失いました。
 自分の犯罪と向き合えずにいた彼は、TCのロールプレイで被害者役の受刑者から憤りや恐れを投げつけられるうちに、自分がやったことの影響について初めて実感して、涙しますよね。あのシーンですごいのは、被害者役の受刑者も涙を流していることです。自らも加害者である受刑者が被害者のきもちを想像して、わたしが本の中で書いた言葉を借りれば「他人の靴を履く」ことで、自分の罪と向き合っている。これって究極のエンパシー映画ですよね。

坂上 TCには「二つの椅子」という方法もあります。同じひとが二つの椅子に交互に腰掛け、その都度、自分の中の相反する考えや感情を口にしていって、自分を客観視していくのです。

ブレイディ 大切なのは言葉にすること、そしてその言葉を交わすこと、ですね。言葉というと、わたしが思い出すのは、金子文子の「塩からきめざしあぶるよ女看守のくらしもさして楽にはあらまじ」という歌です。虐待や貧困といった悲惨な環境で育ちながら、獄中から看守の焼いているめざしのにおいを嗅ぎ、あの人の暮らしも楽じゃないんだろうなあ、と想像した。彼女には言葉があった。言葉がエンパシーを働かせるためのツールだったんです。
 しかし、うまく言語化できないひともいますよね。映画ではそういう能力に長けた人を選んだのでしょうか?

坂上 いいえ、言葉は感情を取り戻すこととセットですが、ロールプレイなどのトレーニングで徐々に獲得できるんです。

ブレイディ そうか、イギリスでも演劇を通して感情表現を学んだりします。

新潮社 波
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク