MMT論者たちは本当に正しいか? 日銀出身者が指摘する「意外な盲点」

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シビレるMMT(現代通貨理論)批判

[レビュアー] 北村行伸(一橋大学経済研究所所長)


日銀出身者が指摘する「意外な盲点」とは(※画像はイメージ)

 悪循環する資本主義の行方を日銀出身の異才・岩村充氏が読み解いた『国家・企業・通貨―グローバリズムの不都合な未来―』が刊行。経済学者の北村行伸氏が、MMT(現代貨幣理論)の意外な盲点をつく岩村氏の論考を取り上げた。

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 本書は岩村充氏の新潮選書の第3作目にあたるもので、多くの岩村ファン待望の一冊である。新潮選書の前2作『貨幣進化論』(2010)と『中央銀行が終わる日』(2016)では、貨幣の歴史、金本位制、中央銀行の機能と歴史、仮想通貨の誕生と競争、そして金融政策の有効性など、金融史や金融制度、中央銀行論を軸にしたトピックが扱われていた。

 今回のテーマは、通貨に縛られずに、近代社会が誕生するための制度基盤として、国民国家、株式会社、中央銀行の3つを取り上げて、それらがどのように相互依存しながら進化し、あるいは変貌してきたかを論じることにある。岩村氏によれば、前2作では通貨をメインにしてきたが、国家や企業の動向を無視して説得的な議論はできないことを痛感し、本書を執筆したということである。

 本書ではイングランド銀行に先駆けて史上初めて現代的な金融政策を実施した18世紀初頭のフランスにおけるジョン・ローのエピソードを紹介したかと思えば、昨今話題になった仮想通貨リブラをどう見るか、はたまた、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で提起したr>g(資本収益率が経済成長率を継続的に上回っている)の解釈にも及んでいる。

 岩村氏が取り上げたテーマのうちでとりわけ私にとって面白かったのは、アメリカで話題になったMMT(現代通貨理論)に対する岩村氏の厳しいコメントである。インフレが起こらない限り、そして国債が国内で吸収される限り、積極的に財政拡張して構わないというMMTの支持者たちの議論に対して、岩村氏は、一通り政府が儲からないプロジェクトを選択して、インフレと増税を繰り返すような悪循環に陥るリスクを説いた後、では政府が儲かるプロジェクトを推進したらどうなるだろうと問いかけている。曰く「東京湾を埋め立てて刑法の賭博罪が適用されない大カジノセンターを作るとか、このごろ流行り始めた『情報銀行』を作って個人情報を独占管理し、小売業者や金融機関に利用を強制するなどというのは、国のプロジェクトとして運営すれば大儲けできて国の借金が減る可能性だってあります。そうすると物価は下がりますから減税ということになります。カジノも情報銀行も大成功となってしまいます。でも、そんなサイクルを回し始めたら、わが日本はカジノ国家にしてビッグブラザー国家への道を猛進することになりかねません」。

 岩村氏がMMT論者たちに問いかけているのは、インフレが起こらなければ財政赤字を出しても問題ないという単純なルールを、中央銀行よりはるかに万能な国家に適用することの恐ろしさである。それはMMTの下ではハイパーインフレになるという凡庸な反論よりはるかに説得力があり、その毒舌ぶりには岩村ファンに限らず、シビレさせられるのではないだろうか。

※シビレるMMT(現代通貨理論)批判――北村行伸 「波」2020年3月号より

新潮社 波
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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