名前の哲学 村岡晋一著 講談社選書メチエ

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

名前の哲学

『名前の哲学』

著者
村岡 晋一 [著]
出版社
講談社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784065183601
発売日
2020/01/14
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

名前の哲学 村岡晋一著 講談社選書メチエ

[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)

 本書で扱う範囲は、人名以外に、広く固有名詞やことば一般に及びます。言語哲学の概論を聴講するつもりで読みました。

 固有名詞は説明の難しいことばです。普通名詞の「人」は多様な人々を含みますが、固有名詞の「さかなクン」はただひとり。ところが、「ガリガリ君」は、これも固有名詞のはずだけど、同じ商品は無数にあって、唯一性がない。すると、これは固有名詞ではないのかな。

 本書を読むと、過去の哲学者も、固有名詞の説明には苦労したようです。J・S・ミルは、似通った家並みの中のある一軒に、白墨で印をつけるようなものだと考えました。また、ラッセルは、たとえば人名の「スコット」ならば「『ウェイヴァリー』の著者」というように、確定的に記述できるものと考えました。これらの考え方には後に批判も加えられました。

 後半では、3人の哲学者の言語観をめぐって話が進みます。まず、ヴィトゲンシュタインは、名前の「意味」が分かるとは「使い方」が分かることだと考えました。たとえば、大工見習いにとって「れんが」とは、「親方に言われたら渡すもの」だと分かっていることが必要です。

 ローゼンツヴァイクは、言語の本質は対話にあると考えました。対話は相手の反応によってさまざまに変化します。対話で使うことばの典型が名前です。「やあ、○○君」と、相手の名前を呼ぶことから対話は始まります。

 そして、ベンヤミン。彼は、語り手によって意味が左右されないことばを「純粋言語」と呼びます。その具体例は、やはり名前。たしかに、名前は翻訳でも元のまま使われます。

 3人はいずれもユダヤ系の学者でした。ユダヤ人は歴史上、他民族ふうの姓名を取り入れたこともあれば、自分たちの姓名を守る方向に動いたこともあります。名前について長く葛藤してきた民族です。名前の哲学は、民族の歴史を色濃く反映した学問でもあったんですね。

読売新聞
2020年3月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加