<東北の本棚>失ったもの伝え続ける
[レビュアー] 河北新報
福島県双葉町生まれで、東京電力福島第1原発事故を背景とした詩作を展開してきた著者のエッセー集。被災者を対象とした電話相談ボランティアを担った際に聞いたという「地震は現在を奪い、津波は過去を奪い、原発事故は未来を奪った」とする発言など、あらゆる場面に東日本大震災と原発事故による人間模様が織り込まれており、単に筆者の日常をつづっただけのエッセー作品とは一線を画す。
古里の喪失が一つのテーマとして取り上げられる。「実家は浜通りで、海から800メートル、原発から3.5キロのところにあります。家屋敷は大津波で破壊され、原発で故郷の全てを奪われました。浜通り特有のコバルトブルーの空、波の音、庭に遊ぶヘビもカエルも、先祖の霊さえ、ふるさとを根こそぎ奪われました」。小中学校の教員だった著者が教え子の選挙運動でマイクを握った際のあいさつに、失ったのは物だけではないという思いがにじむ。
浜通り地方には著者の親族や知人が多く住んでいたといい、震災直後の様子も子細に描かれる。特に、著者の兄が車ごと津波に流され、間一髪で助かるシーンは読ませる。兄一家はその後、何も知らされないまま行政に避難させられ、一夜明けてから原発事故の発生を知らされる。地震と津波で終わりではなかった福島の現実が、切迫感たっぷりに記される。
夜、いろりの灰の中に埋めた炭火が翌朝、まだ赤々と種火を保っていた幼少期の記憶を基に「どこかで人を励ましたり、社会に貢献ができたりするようになりたいと、いつも灰の中で埋(うず)み火を保っているつもりだ」と書く著者。詩作や講演活動を通じて福島の実相を伝え続ける理由の一つだとみられ、「この8年を忘れてはいけないし、歴史は消していけない」と訴える。
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