【ニューエンタメ書評】長岡弘樹『風間教場』、佐野晶『ゴースト アンド ポリス GAP』ほか
レビュー
エンタメ書評
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
暖冬が続いていましたが、本格的な寒さが到来してきました。そんな日は、家にこもってゆっくり読書もオススメです。今回は、警察小説を初めとする8作品をご紹介します。
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今年の正月は、例年になく、ゆっくり過ごすことができた。ということで夜は酒を飲みながら、ダラダラとテレビ・ドラマを見ていた。その中で一番楽しめたのが、木村拓哉主演の『教場』である。原作は、警察学校を舞台にした長岡弘樹のミステリー「教場」シリーズだ。小説よりも情緒的になっている部分もあったが、丹念に作られたドラマで大満足。なんとなくこの世界から離れたくなくて、続けてシリーズ初の長篇『風間教場』(小学館)を読んでしまった。
警察学校の教官をしている風間公親は、新たな校長になった久光成延から、ひとりも生徒を落伍させないように命じられる。毎年、十人は落伍者が出るのは当たり前であり、普通に考えれば不可能だ。校長は風間に、何か含むところがあるのか。疑問を感じながら、助教の平優羽子と共に、授業を始めた風間だが、さっそく問題が持ち上がった。
仮入校の受付ぎりぎりに駆け込んできた生徒の抱える秘密を暴くエピソードから、風間の鋭い推理が堪能できる。さまざまな事情を隠している生徒たちと風間の静かなる闘いが面白い。そしてラストで明らかになる、最大の衝撃。慌てて冒頭から読み返したら、あちこちに伏線が張られているではないか。これは凄い。まさに今年の驚き初めである。
城山真一の連作短篇集『看守の流儀』(宝島社)は、警察小説の亜種といえるだろう。舞台が金沢にある加賀刑務所で、主人公が看守なのだ。ちなみに看守(刑務官)は、法務省矯正局の国家公務員である。
収録されているのは五作。冒頭の「ヨンピン」は、仮出所した模範囚が更正施設から姿を消し、その行方を副看守長の宗片秋広が追う。第二話「Gとれ」は、加賀刑務所が印刷している大学の入試問題を、暴力団が売っていたことが発覚。これに“Gとれ”と呼ばれる、暴力団員が受刑中に足抜けをするプログラムが関係してくる。第三話「レッドゾーン」では、総務部が管理していた受刑者の健康診断記録とレントゲンフィルムが行方不明になる。
といったように、刑務所という場所を生かした謎とストーリーが味わえる。各話の主人公は違うのだが、事件を解決する(もしくは導く)のは警備指導官の火石司だ。顔に傷を持つ火石は、何らかの理由があって、加賀刑務所に来たらしい。その秘密はラストで明らかになるのだが、こういうネタを使ってくるとは思わなかった。詳しく書けないのがもどかしいが、きわめて現代的なテーマが扱われているのだ。今、注目すべき秀作である。
佐野晶の『ゴースト アンド ポリス GAP』(小学館)は、第一回警察小説大賞受賞作。東北大学法学部卒だが、いろいろあって警察官となった桐野哲也。神奈川県辻堂にある鳩裏交番に仮配属された。だがそこは、ある理由から、自ら窓際族となった警察官──“ごんぞう”の巣窟だったのだ。小貫幸也を始めとするごんぞうたちの、いい加減ぶりに呆れる桐野。だが、しだいに彼らの真の姿が見えてくる。
作者は映画ライターであり、幾つかの映画のノベライズも手掛けている。だからだろう。文章もストーリーも、新人と思えないほど達者である。複数の事件の繋げ方も堂に入っている。物語の重要なポイントで、視点人物が桐野から小貫になるなど、引っ掛かる点もあったが、これだけ書ければ文句なしだ。警察小説のニュー・フェイスの登場を喜びたい。
山口雅也の『ミッドナイツ《狂騒の八〇年代》作品集成』(講談社)は、作者が本格的にデビューする以前に、さまざまな媒体で執筆した小説(インタビューや戯曲もあり)をまとめたものだ。レコードのブックレットやアーティスト・ブック、男性誌など、発表場所はバラエティに富んでいる。内容も、ミステリー・幻想小説・音楽小説・ロードノベルなど、なんでもありだ。そこかしこに作者の特色が現れており、興味深く読むことができた。しかも、ほとんどの作品がコラボ小説になっている。これを説明すると長くなるので、気になった人は本書の冒頭にある作者の説明に目を通してほしい。
さらにもうひとつ、指摘しておきたいことがある。収録作品が、バブル時代の産物なのだ。この時代を作者は《狂騒の八〇年代》と名付け、楽しそうに回想している。コラボ作品という制約はあるが、その中で、これほど自由奔放に書くことができたのなら、それは楽しかったことだろう。バブル崩壊後の長期景気低迷から、とかくバブル時代はマイナスのイメージで捉えられがちだ。しかし空前の好景気を謳歌した人は大勢いたし、そこから生まれた文化もあったはずである。そろそろ、バブル時代に花咲いた文化を、冷静に評価する時期になったのではないか。本書を読んで、そんなことを感じた。
鳴神響一の『令嬢弁護士桜子 チェリー・ラプソディー』(幻冬舎文庫)は、「脳科学捜査官 真田夏希」シリーズが好評な作者の、新たな現代ミステリーだ。主人公は新米弁護士の一色桜子。子爵家の末裔で、田園調布の邸宅で暮らす法曹一家の令嬢である。幼い頃のトラウマから、冤罪にこだわる彼女は、殺人事件の弁護を引き受けると、熱心に真実を追っていくのだった。
作者の話によると、本書は中央大学法学部の同門で友人の弁護士に法律監修を担当してもらったそうだ。それもあってか、法律の手続きや司法のシステムが、詳細に書かれている。ここが大きな読みどころだ。ただし事件そのものは小粒である。新たな作品ということで、主人公とその周囲の人々の設定に筆を費やす必要があったのだろう……と思ったら、終盤にサプライズが待ち構えていた。この究極の選択にはビックリした。
実は作者は、二〇一四年に『私が愛したサムライの娘』で第六回角川春樹小説賞を受賞してデビューする前に、別名義で十八世紀のスペインを舞台にした時代ミステリーを刊行している。その作品のクライマックスも、究極の選択であった。もちろん内容は違うが、好きな手法なのかもしれない。そんなところから鳴神作品を論じてみるのも一興である。
新美健の『六莫迦記 これが本所の穀潰し』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)は、本所のはずれで暮らす、小普請組の葛木家の六ツ子が巻き起こす騒動を綴った、愉快な時代小説だ。妄想癖のある逸朗から、町人かぶれの碌朗まで、方向性はバラバラだが、六人すべてが大莫迦者。なにしろ二十歳を過ぎても、誰もまともに働かず、日銭を稼いではダラダラ暮らしている。ところが父親から、一番ましな者に家督を譲り、他の五人は牢座敷に入れるといわれた。かくして六人は、どうにかしようと動き出すのだが……。
本書の魅力は、六ツ子の莫迦っぷりだ。ひとりが莫迦をやれば、他の五人が囃し立てる。一致団結すれば莫迦が加速する。とにかく莫迦。どこでも莫迦。あまり莫迦莫迦いうのもどうかと思うが、本当に莫迦なのだからしかたがない。そんな六ツ子の莫迦行状記に、笑いが止まらないのである。もちろんそれだけで終わることなく、最後には意外な事実も判明。おお、これならば幾らでも話が作れるではないか。ということで、今年末に刊行されるという、シリーズ第二巻が、早くも待ち遠しいのである。
なお本書の助演女優賞は、六ツ子の母親で毒舌家の葛木妙。彼女が六ツ子に食事を出すときにいう「さあ、穀潰しども、たあんと召し上がれ」というセリフが、大好きなのだ。
木犀あこの『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊』(講談社タイガ)は、老舗ホテル・ウィンチェスターを舞台にした連作ホラー小説だ。タイトルにある“ウィンチェスター”は、数十年にわたり増築され、怪奇現象が起こるといわれるアメリカの豪邸ウィンチェスター・ハウスを意識しているのだろう。九十年以上の歴史を持つホテル・ウィンチェスターには、多数の亡霊がいて、さまざまな怪異が起こる。これを解決するのが、コンシェルジュとして働く友納だ。なぜか亡霊を見て、話のできる彼は、協力的な何人かの亡霊と共に奔走する。
冒頭の「血の降る部屋」は、いきなり血の降ってきた部屋の謎に友納が挑む。「凶兆の階層」は、客の苦情の続くフロアで進行する事件が暴かれる。どちらもホラーとミステリーの組み合わせ方が巧みだ。それが頂点に達するのが「すさまじきもの」である。数十年前にホテルで起きた、発火能力者焼失の真相が恐ろしい。そしてラストの「ウィンチェスターの怪物」では、ひとりの少女の魂の救済と共に、ホテルの真の姿が描かれる。物語の締めくくり方も上々。極上のホラー・ミステリーである。
中島京子の『キッドの運命』(集英社)は、作者初のS?F短篇集。六作が収録されているがどれも読ませる。なかでも、「ベンジャミン」と「チョイス」が優れている。突出したS?Fのアイディアはないが、「ベンジャミン」は最後の一行にやられた。さらりと書いているが、数行前の文章を踏まえて、深読みすべきである。
一方、「チョイス」は、生きることの苦労がない、ある種の理想的な管理社会が創り出されている。それが当たり前と思っている人々は、どういう人生を選択するのか。いろいろ考えているうちに、「住めば都のディストピア」という言葉が頭に浮かんだ。そのような作品である。
最後にコマーシャル。私が作品をセレクトしたアンソロジー『まんぷく〈料理〉時代小説傑作選』(PHP文芸文庫)が一月に刊行された。続けて二月に『ねこだまり〈猫〉時代小説傑作選』、三月に『もののけ〈怪異〉時代小説傑作選』が出る予定である。今年前半の私の収入の柱になるので、是非とも新刊で購入していただきたい。さあ、二〇二〇年もガンガン稼ぐよ。