徹夜必至の冒険小説!「死後数ヵ月のミイラ」の謎は、砂漠での究極の生存競争へ『サハラの薔薇』

レビュー

3
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サハラの薔薇

『サハラの薔薇』

著者
下村 敦史 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041089033
発売日
2019/12/24
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

徹夜必至の冒険小説!「死後数ヵ月のミイラ」の謎は、砂漠での究極の生存競争へ『サハラの薔薇』

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:香山二三郎 / コラムニスト)

 一九七〇年代前半、大手出版社が相次いで文庫を創刊し、文庫本のブームが起きた。翻訳ミステリーが活気づいたのも、七〇年代後半に各文庫でオリジナル訳の作品が刊行され始めたのがきっかけだった。ルシアン・ネイハム『シャドー81』やジェフリー・アーチャー『百万ドルをとり返せ!』を始め、それらの作品はエンタテインメント性の高い冒険・ハードボイルド系やサスペンス系が中心だったが、それに呼応するように、七〇年代から八〇年代にかけて、日本の冒険・ハードボイルド系の大型新人も続々とデビューした。大沢在昌(おおさわありまさ)、船戸与一(ふなどよいち)、逢坂剛(おうさかごう)、北方謙三(きたかたけんぞう)、志水辰夫(しみずたつお)といった作家たちである。八一年には、カリスマ読書家として知られるコメディアン内藤陳(ないとうちん)が日本冒険小説協会を設立、ここに至って、いわゆる〝冒険小説の時代〟が本格的に幕を開けることになる。

 本書の著者、下村敦史(しもむらあつし)が生まれた一九八一年はまさにそういう時代であった。

 下村のデビュー作は二〇一四年に第六〇回江戸川乱歩(えどがわらんぽ)賞を受賞した『闇に香る噓』。満州育ちの盲目の老人が戦時に中国残留孤児だった兄が本当の兄なのか、疑惑を抱き始めるという謎解き趣向も凝らされた傑作ミステリーだったが、社会派作品が氏の本領だと断定するのはちょっと早計かも。八一年生まれの下村は冒険小説の申し子でもあるわけで、その証拠に『闇に香る噓』には海外の話も出てくるし、その後山岳ミステリーにも挑戦している。社会派だけじゃないんだぞという著者の意気込みは著作リストをご覧になれば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だが、中でも冒険小説には特別な思い入れがあるように感じられた。

下村敦史『サハラの薔薇』(角川文庫)
下村敦史『サハラの薔薇』(角川文庫)

 本書『サハラの薔薇』はそうした思いを確実なものにしてくれた迫真の冒険ミステリーなのである。

 物語はエジプトのミイラの発掘現場から始まる。背水の陣を敷いていた発掘隊のリーダー峰隆介(みねりゅうすけ)は喜びに浸るが、石棺から出てきたのは死後数ヵ月も経っていないミイラだった。その二週間後、峰はカイロのホテルの自室で襲撃にあう。暴漢は片言の日本語で「記録、どこだ」と訊(たず)ねてくるが、峰には意味不明。危いところを助手に救われるが、その助手の話では、武装グループがくだんのミイラを強奪していったという。身の危険を感じた峰は帰国しようとするが、そんなときフランスの有名博物館から講義の依頼が。渡りに船と彼はパリ行きの便に乗るが、その旅客機が墜落。峰は九死に一生を得るものの、地中海上を飛んでいたはずの旅客機が落ちたのはサハラ砂漠のただ中だった。

 峰は機内で救助に当たるが、瀕死(ひんし)の日本人客から、名指しでもう一人の日本人客・永井(ながい)を始末するよう命じられる。これはミイラの呪いだ、と。その男、野々村(ののむら)がホテルの襲撃者であるらしいことはわかったが、彼の命令はやはり謎だった。生き残ったのは一二人。フランス人客のエリックが飛行中オアシスを見たと証言したことから、一行は墜落現場に残るグループとオアシスを目指すグループに分かれることに。峰は、永井や空港で知り合った美貌(びぼう)のベリーダンサー・シャリファ、粗暴なアラビア男のアフマド、不気味な予言を発する老呪術師らとともに後者に参加、砂漠の中を歩み始めるが……。

 サハラ砂漠を主要舞台にしたミステリーは少なくない。そのほとんどが過酷な状況下でどう生き延びるかを主眼にした対自然サバイバル系の冒険小説である。ジュール・ヴェルヌ『サハラ砂漠の秘密』からクライブ・カッスラー『死のサハラを脱出せよ』まで、国内作品でいえば、船戸与一の『猛き箱舟』や『黄色い蜃気楼』、藤田宜永(ふじたよしなが)『還らざるサハラ』等、読み応(ごた)えのある作品が目白押し。本書もまずは、そうした名作の正統を継ぐ展開で読ませる。何しろ、主人公の峰は開巻後数十ページでサハラ砂漠から脱出せざるを得なくなるのだ。しかも、同行者は皆ワケありげな者たちばかり。自分だけ助かればいいという冷酷なアフマドはもとより、日本人技術者の永井でさえ、何らかの理由で野々村に狙われており、「砂漠の薔薇(ばら)とエジプトで発見されたミイラ」から始まる不可解なメモをしたためていたりする。いや、そもそも峰自身、秘密を抱える身であり、であるがゆえに、後々アフマドに過酷な選択を強いられる羽目になるのである。

 著者自身、刊行に際してのインタビューで冒険小説は好きで読んでいたので、今回はその影響が色濃く出ています。海外だとクライブ・カッスラー、国内だと船戸与一さんらの書かれていた冒険小説が好きでしたね(聞き手:朝宮運河/「本の旅人」二〇一八年一月号)と冒険小説愛を隠していない。

 いや、それにしても序盤から、読者を物語に引き込む演出が素晴らしい。それは砂漠の踏破に移ってからも同様だ。日本列島の二十数倍の面積を持つサハラ砂漠はただだだっ広いだけでなく、乾燥し切っており、昼と夜の寒暖差も激しい。おまけにそうした厳しい環境下を生き抜いているサソリや毒蛇等、襲われれば命の危険にさらされる動物たちも徘徊(はいかい)している。そういう自然の脅威に晒(さら)される演出もきちんと用意されているほか、著者は随所で思いも寄らない事実や出来事をぶつけて、峰たち一行を窮地に陥れる。

 そう、その意味ではデビュー作以来、大事にしている謎解きの要素を織り込むことも忘れてはいないのである。冒頭のミイラを取り巻く謎はもとより、野々村は峰から何を奪おうとしていたのか、旅客機は何故方向の違うサハラ砂漠で墜落したのか、そして砂漠脱出組の面々はそれぞれどんな秘密を抱えているのか。謎また謎の畳み掛け。本書と既存の名作冒険小説との違いは、本格ミステリー志向が貫かれていることにあるといっても過言ではあるまい。

 むろんそうした謎も徐々に明かされ、一行が遊牧民族(ベドウィン)の親子に出会ってからの後半は息をもつかせぬ追跡活劇へと転じていく。砂漠に必要な水をめぐっては一行の間で何度も小競り合いが生じるが、まさか砂漠のただ中で溺死(できし)する危険にまで直面しようとは! 単なる追いかけっこではなく、奇想天外なシチュエーションでハラハラドキドキさせてみせる。著者が稀代(きたい)のストーリーテラーであることの証左というべきか。

 そして終盤ついに明かされる〝砂漠の薔薇〟の真相。謎解きとサバイバルからの追跡劇までは、既存の名作冒険小説へのオマージュともいうべき展開であったが、まさかその舞台裏に今日的な環境問題やエネルギー問題、そして国際的な謀略が潜んでいたとは。サハラ砂漠という舞台設定から、日本とは関係のないところでドラマが繰り広げられる話だと思われる向きもあろうが、関係ないどころか、三・一一以後の日本の社会状況を直撃するテーマが隠されているのである。

 してみると、やっぱりこの作家は社会派だったんだと結論付ける声が多いかもしれないが、その点について著者いわく、

特に訴えたいことがあるわけではないんです。作者の思想が出過ぎてしまうと、エンターテインメントではなく、プロパガンダになってしまいます。ぼくが意識しているのは、どんな問題でも必ず両方のサイドから眺めてみて、バランスを取った描き方をすること。どちらか一方の意見だけでは、読者もどこか違和感を抱いてしまうと思うんですよ。そうなると逆に、扱っている問題なりテーマなりについて関心を持ってもらえなくなる。エンターテインメントの素材としてバランスよく扱うことで、自分ならどうするだろう、と考えを深めてもらえるきっかけになれば一番ですね。
(「本の旅人」二〇一八年一月号)

 著者は本書ののちもヒネりの効いた犯罪小説から警察小説まで幅広いミステリージャンルで活躍されているが、冒険小説の申し子として(!?)、五作に一作は冒険小説を出していっていただきたいものだ。

▼下村敦史『サハラの薔薇』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000102/

KADOKAWA カドブン
2020年3月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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