新型コロナウイルスがついにパンデミック(世界的大流行)に。東京オリンピックは開催できるのか? 経済への影響は?『感染症の世界史』著者、石弘之さんインタビュー
インタビュー
- KADOKAWA カドブン
- [インタビュー/レビュー]
- (医学一般/科学)
『感染症の世界史』
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新型コロナウイルスがついにパンデミック(世界的大流行)に。東京オリンピックは開催できるのか? 経済への影響は?『感染症の世界史』著者、石弘之さんインタビュー
[文] カドブン
新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大しています。3月12日、WHO(世界保健機関)はついに「感染爆発」と認めて、パンデミック・フェーズに入ったと宣言しました。イタリアやアメリカ、イランなどでも感染者が急増。日本でも全国の小中高校が休校となり、多くのイベントが開催の中止や延期を余儀なくされています。7月に東京オリンピックの見通しはどうでしょうか。世界中の株価が暴落していますが、経済はどうなるのでしょうか。
『感染症の世界史』の著者、石弘之さんにふたたびお話をうかがいました。
>>【第1弾】新型コロナウイルスはなぜ発生したのか、いつ収まるのか
https://www.bookbang.jp/review/article/609043
■6回目のパンデミック宣言
――前回のインタビューから約1か月がたちました。ついにWHOがパンデミックを宣言しました。
石:パンデミック宣言は時間の問題でした。3月13日現在、世界の119か国・地域で感染が確認され、感染者は12万9000人、死者4900人にまでなっています。
今回が6回目のパンデミック宣言(別表参照)ですが、過去は2勝3敗といわれるように、空振りに終わったケースの方が多く、WHOはトラウマになり、宣言が遅れる一因になったという見方もあります。
――そもそもパンデミックとはどういう状態ですか。
石:WHOは感染の警戒フェーズを6段階に分けています。そのなかの最高位の「フェーズ6」が「パンデミック・フェーズ」で、多数の国で持続的な感染が広がっている段階です。
世界的に見ると、まったく歯止めがかかっていない状態です。中国では流行が頭を打ったと発表していますが、世界的流行はこれからが正念場だと思います。
人類は過去にも、こうした感染症の大流行を経験してきましたが、日本がこれだけ巻き込まれたのは、100年前のスペインかぜ以来ではないでしょうか。国内での流行は、感染経路がつかめない市中感染や集団(クラスター)感染に移り、新たな次元に入りました。
この未知との戦いで、私たちに与えられた武器はマスクや手洗いとせきエチケット。無力感を抱いている人は多いかもしれませんね。
――毎日のように新たな感染者が報告されています。
石:世界中で「堤防の決壊」を食い止めようと必死に土のうを積んでいますが、決壊した場合、政治経済を含めてパニックが広がる可能性は高いといえます。
入国・渡航制限などで国際関係もぎくしゃくしてきました。新聞・テレビのニュースでは、コロナウイルスで持ちきりで、情報が氾濫しすぎて現実がよくわからないといった声も聞きます。報道が恐怖をあおっている気さえします。
■世界経済への影響
――新型コロナウイルスへの警戒感から、世界の株式市場で株価が乱高下しています。
石:3月9日にはニューヨーク株式市場で株価が急落し、売買が自動的に15分間停止されました。アメリカだけでなく、すでに世界の経済がパニックになっています。株式市場は2008年の景気後退局面以来、各国で最大の下げ幅を記録しています。
日本の日経平均も1万8000円を割り込みました(3月13日現在)。貿易と投資の減少、生産性の低下、消費や旅行需要の減退、サプライチェーンの混乱、労働者の病欠や自宅待機による労働損失など、世界経済には深刻な影響が出はじめています。
日本の2019年10~12月期の実質GDPは、前期比1.6%のマイナス、前期比年率換算で6.3%のマイナスとなりました。とくに、個人消費が前期比で2.9%のマイナス、住宅投資が同2.7%のマイナスとなり、10月に実施された消費税増税の影響が大きく出たころで、コロナショックに見舞われました。しばらくは「我慢の時」でしょうか。
■オリンピック開催は遠のいた
――国内のことに関していえば、政府は新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正を急ぎました。私権が大幅に制限される「緊急事態宣言」を可能とする内容ですが、立憲民主党や国民民主も賛成したため、国会で承認され、成立しました。東京オリンピックはどうなるのでしょうか。
石:安倍総理の「緊急事態宣言」の実施方針を聞いて、東京オリンピックを正常に開催する道が遠のいた、と感じています。開催するにしても無観客か、あるいは順延か、他国開催いう選択肢しかないのではないでしょうか。私自身は楽しみにしていたので、とても残念です。
――「正常な開催が遠のいた」と考えるのはなぜですか。森喜朗会長や小池百合子都知事、またIOC(国際オリンピック委員会)やJOC(日本オリンピック委員会)も開催の姿勢を崩していないように見えます。
石:根拠はシンプルです。常識的に考えて、WHOがパンデミック宣言を発し、日本もこれから緊急事態を宣言したとしたら、オリンピックを開けるでしょうか。終息宣言が出されるまでは、オリンピック開催はむずかしいでしょう。
石:たしかにIOCのバッハ会長は東京大会開催を全面的に支援する方針を明らかにしていますが、委員のなかからは開催の可否の決定は5月末には出さねばならないとする意見が出ています。準備の時間を考えると、どう延ばしても6月末には最終決定が必要でしょう。
それまでに新規感染者をゼロに抑え込んで、なおかつ2週間は新規感染者が出ないことを確認しなければ、終息宣言は出せません。しかし、過去のパンデミックをみても、3か月という短期間で終息宣言を出されたものはありません。
仮に日本で終息しても、遅れてはじまったアメリカの流行が本格化しそうです。また、これから冬に入る南半球の国々は、家にこもる時間が長くなり、感染が拡大しやすくなります。アフリカや南アジアなどの実態もよくわかりません。こういったことからも、開催を危ぶむ声が国際的にもさらに高まるのではないでしょうか。仮に開催したとしても、選手の間から不参加表明やボイコットの声が出てくるかもしれません。
■新型コロナウイルスが検出しづらい理由
――コロナウイルスについてもう一度教えてください。
石:コロナという名称は、ウイルスの形状が太陽のコロナに似ているから付けられました。非常にありふれたウイルスで、かぜの原因の一つでもあります。
石:遺伝子の変化からみて、紀元前約8000年前にコロナウイルスの共通祖先が出現した後、家畜や野生動物などに感染を広げてきました。存在がはじめてわかったのは1937年、ニワトリに気管支炎を起こすコロナウイルスでした。ヒトで確認されたのは1960年代半ばです。
その後、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ウサギ、ニワトリ、ウマ、ラクダなどの家畜に加え、コウモリ、スズメ、シロイルカ、キリンなどからも、それぞれの動物に固有のコロナウイルスが検出され、呼吸器や消化器に病気を引き起こすことがわかってきました。
――その後、新型コロナウイルスの特徴としてわかったことはありますか。
石:今回の新型コロナウイルスの感染症名は「COVID-19」で統一されましたが、国際ウイルス分類委員会でウイルスの正式名称は「SARS-CoV-2」に決定しました。つまり、SARS(重症急性呼吸器症候群)の兄弟分であることが改めて確認されたわけです。
一方で、新型コロナウイルスは、兄弟分のSARSウイルスにはない能力を身につけていました。新型ウイルスの方は喉よりも深い下気道でも繁殖します。そのため従来の喉より上の、上気道の検査だけでは見逃されることもあるようです。広島市では4つ医療機関で8回検査して、やっと感染が判明した例がありました。治って陰性になった人がふたたび陽性になった例もあります。
また、軽症・未症状の感染者が日本では8割を占めることも特徴です。これはウイルスの側からすると、ウイルスをばらまくのに非常に効率的です。ヒトは元気だから動き回ることができ、まわりからも警戒されにくいです。この事実は、検査でわかった感染者数よりも、はるかに多い感染者がいる可能性を示しています。
――COVID-19という名称がついたにもかかわらず、あえて「武漢肺炎」といっている国会議員やテレビ出演者がいます。見ていて情けなくなります。
石:今回の発生地である中国に対し、さまざまな思いがある人がいることはわかります。感染症と差別や偏見が切っても切れないことは歴史が証明していますから、そうならないよう、一人の大人として十分に戒めてほしいと思います。これほど世界のいたるところが過密になり、地球規模で人の移動が活発になっていますから、どこか一つの国だけを非難して解決するという問題ではありません。
一つ例を挙げましょう。今、はしか(麻しん)や風しんは、ワクチン接種が徹底されたことなどで、世界中でほとんど感染者を出さないまでに抑え込めています。しかし日本では、どちらも十数年ごとに大流行が起きています。2018年に風しんが大流行したときは、アメリカの感染症対策の元締めであるCDC(疾病対策センター)は、ワクチンなどを摂取していない妊婦に対し、日本への渡航自粛を勧告したほどです。近代国家である日本のワクチン行政の遅れは、国際的に批判されています。
このあたりのことについては『感染症の世界史』にも詳しく記しています。人類とウイルスは20万年にわたって軍拡競争を繰り広げています。歴史をきちんと踏まえたうえで、感染症とどう対峙していくか、発言するかを考えてほしいと思います。
■最大の感染症対策は正確な情報の伝達にあり
――今回の新型コロナウイルスの終息はいつになりますか。兄弟分のSARSは2002年11月に最初の患者が確認され、翌2003年7月5日にWHOが終息を宣言しました。
石:今後に関しては、次の3つのシナリオが考えられます。
石:今回の新型コロナウイルスが、このシナリオのなかのどれに落ちつくか、正直予測が立ちません。アメリカのCDCは、ロシア、南米、アフリカといった感染が広がっていない、あるは突き止められていない国や地域へ流行が拡大することを警戒しています。
――季節性のインフルエンザは、冬がすぎて暖かくなってくると収まるので、コロナウイルス流行にも春には下火になるという報道もありました。
石:アメリカのトランプ大統領は「中国のウイルス封じ込め作戦は、暖かい季節になれば成果を上げるだろう」とツイートしましたが、今のところその科学的な裏付けはありませんし、WHOは頭から否定しています。
――日本政府はこの未知なる相手にどうのように対応すべきでしょう。
石:過去のパンデミックの教訓からいえるのは、「最大の感染症対策は正確な情報の伝達にあり」ということです。ちぐはぐな政府関係者や厚労省の発言や、ぐらぐら変わる政策などは、ウイルスに味方をするだけです。
いわずもがなですが、今すべきは、何とかウイルスを封じ込めて感染の拡大を抑え、可能であれば消滅までもっていくことです。集団で一定以上の割合の人が免疫をもつと、流行が収まっていく「集団免疫」の効果が現れることを期待しましょう。それまではひたすら我慢するしかないという状況です。
――楽しみにしていた行事もなくなり、ウイルスに対してやり場のない思いが膨らみます。
石:ウイルスの目的は人を苦しめることではなく、いかに多くの子孫を残すかにあります。そのため、免疫や薬剤の攻撃をかわすために、遺伝子を変幻自在に変えていきます。たとえば、人にかぜを起こすライノウイルスは、もともと1種類でしたが今では110もの亜型(サブタイプ)があります。
新型コロナウイルスも、分化して2つの主要なタイプ、L型(重症化タイプ)とS型(軽症タイプ)が存在します。中国の感染者の場合、L型が約70%、S型が約30%です。S型はもともとキクガシラコウモリ持っていたウイルスの遺伝子と共通する部分が多く、祖先に近いと思われます。重症化するL型は、感染を繰り返しているうちに強毒化していったのでしょう。
中国の研究者によると、昨年12月の感染初期の武漢市では96.3%までがL型、武漢以外(海外含む)では61%がL型でした。今年1月以降はL型が減少しS型が増えています。ウイルスは毒性の高いL型がはじめは勢力を伸ばしていましたが、子孫を増やすためには毒性が弱いS型の方が有利になったと思われます。今後、さまざまな型が出現するかもしれません。
――終息が容易ではないことがよくわかりました。でも、このうっとうしい日々をどう考えればいいのでしょう。
石:かつて人類は多くの天敵に狙われていましたが、最後に残った天敵が「自動車」と「ウイルス」です。毎年世界で135万人が交通事故で死亡します。一方、CDCによると、季節性インフルエンザだけで、年間世界で29万~65万人が命を落としています。とくに現在はアメリカで流行して、すでに推定3万人の死者が出たと発表しています。
地球上には人類だけが住んでいるのではなく、数多くの生物が互いに競い合い、また協力しあって生きています。ウイルスの存在もそのひとつです。高度2500〜3000メートルの高空に、1平方メートルあたり8億以上のウイルスが漂っていることがわかりました。海のなかにも、重さにしてシロナガスクジラ7500万頭に相当するウイルスがいるという推定もあります。なかには海の生態系に欠かせないものもいます。
ウイルスがいかに人にとって重要かも明らかになってきています。最初のインタビューで話したとおり、ウイルスが母親のおなかの中で胎児を守ってくれていることがわかってきました。また、子どものころにある種のウイルスに感染すると免疫システムが発達することも報告されています。ウイルスの「善行」は新たな研究分野として研究者を興奮させています。
人間の世界にも迷惑なヤツがいるように、ウイルスのなかにもいます。ウイルスの立場になってみると、少しは憎しみも和らぐかもしれません。といわれても、やはり怖いですが……。