お前を、絶対に警察官にはさせない。ラストに世界が反転する、衝撃の警察学校小説『正義の翼 警視庁53教場』

レビュー

5
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正義の翼 警視庁53教場

『正義の翼 警視庁53教場』

著者
吉川 英梨 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041090800
発売日
2019/12/24
価格
792円(税込)

書籍情報:openBD

お前を、絶対に警察官にはさせない。ラストに世界が反転する、衝撃の警察学校小説『正義の翼 警視庁53教場』

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:千街 晶之 / ミステリ評論家)

 一九九八年に『陰の季節』でデビューした横山秀夫の作風は、日本のミステリ界に大きな影響を及ぼした。それまで、刑事の活躍の描写がメインであった警察小説の世界に、それ以外の部署を扱っても人間ドラマや謎解きが描けるという認識が生まれたのだ。

 これによって今世紀のミステリ界は警察小説の花盛りとなり、多種多様な作風が派生し、それに伴って大勢の魅力的な警察官キャラクターが誕生した。さて、この傾向の中で、警察小説の舞台として注目されるようになったのが警察学校である。どんなに老練な警察官にも、右も左もわからない新人時代は必ずある。そんな彼らを鍛え上げ、使い物になるように育ててから現場に送り出すのが警察学校である。もちろん、入校前からある程度は警察官向きの資質を持つ者もいるだろうが、警察学校での研修を経ることで、石が玉に磨かれるケースも多い筈だ。当然、そこには多くの人間ドラマが存在する。

 そんな警察学校ならではの物語を描いて人気を獲得しているのが、「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズ、「新東京水上警察」シリーズ、「十三階」シリーズといった警察小説をエネルギッシュに執筆している吉川英梨の「警視庁53教場」シリーズだ。このたび書き下ろしで刊行される本書『正義の翼 警視庁53教場』は、その第四作である。

吉川英梨『正義の翼 警視庁53教場』
吉川英梨『正義の翼 警視庁53教場』

 シリーズの主な舞台は東京都府中市にある警視庁警察学校。主人公は、元警視庁捜査一課の刑事で、教官として赴任してきた五味京介だ。彼を支える助教の高杉哲也、府中署の巡査部長・瀬山綾乃、五味の娘として育てられてきた結衣らがシリーズを通しての主要キャラクターであり、五味教場=通称・53教場(教場とは警察学校におけるクラスである)の歴代の学生たちが各巻で重要な役割を果たす。本書で初めてこのシリーズを知った読者のために、これまでの三作の内容を簡単におさらいしておこう。

 第一作『警視庁53教場』(二○一七年一○月、角川文庫書き下ろし)は、五味が警察学校の教官となるまでの物語。教官・守村の首吊り死体が発見され、府中署の瀬山綾乃刑事は捜査に乗り出すが、事件の背景として、警察学校時代に守村と同じ一一五三期小倉教場だった捜査一課の警部補・五味や、警察学校助教・高杉らの過去が浮上してくる。この事件の真実を揉み消そうとする動きに納得できなかった五味は上層部に楯突く行動をとり、実質上の懲戒処分として警察学校の教官に赴任させられる。

第一作『警視庁53教場』
第一作『警視庁53教場』

 第二作『偽弾の墓 警視庁53教場』(二○一八年五月、角川文庫書き下ろし)で、いよいよ五味は警察学校の一二八九期教官としての日々をスタートさせる。刑事としては腕利きだったが教官としては新米の彼を支えるのが、警察学校での指導歴が長い助教の高杉だ。そんなところに、多磨霊園で射殺事件が発生。この件で、五味教場の学生のひとりが容疑者になってしまう。

第二作『偽弾の墓 警視庁53教場』
第二作『偽弾の墓 警視庁53教場』

 第三作『聖母の共犯者 警視庁53教場』(二○一八年一一月、角川文庫書き下ろし)は府中刑務所での女囚の脱走から開幕する。その手口は驚くほど計画的であり、しかも彼女は拳銃二丁を手に入れたようだ。折しも警察学校では一二九三期学生の卒業式の真っ最中。そこに女囚の共犯者が侵入し、高杉と三人の学生を人質にとって立てこもった……。

第三作『聖母の共犯者 警視庁53教場』
第三作『聖母の共犯者 警視庁53教場』

 警察学校の教場という、警察官としての心構えを叩き込まれる場が舞台の小説としては、他に長岡弘樹の「教場」シリーズがあるが、そちらがすべて短篇なのに対し、「警視庁53教場」シリーズは現時点ですべてが長篇。そして、これまでの三作を振り返ってみると、教場という公的な場での人間関係、五味や綾乃や高杉をめぐるプライヴェートな人間関係、メインとなる事件……という三本立てで話が進行するという共通点がある。

 このうち「教場という公的な場での人間関係」については、作中で学生たちの成長が描かれるのは当然ながら、五味たち教官もまた人間として成長してゆく(そのため、警察小説でありながら青春小説的なテイストが漂うのがシリーズの特色だ)。作中の歳月の流れに従って、五味教場の学生が、後に別の作品で一人前の警察官として再登場することもある。

 次に「五味や綾乃や高杉をめぐるプライヴェートな人間関係」だが、第一作で描かれたように、五味の娘として育てられている結衣は彼の実子ではなく、五味の亡妻・百合と、かつて交際していた高杉の娘である。この微妙な関係に加え、五味と綾乃が恋人同士になる過程がじっくりと描かれ、シリーズの軸となっている。

 最後に「メインとなる事件」だが、第一作では警察学校教官の変死と過去の暗部、第二作では射殺事件をめぐって五味の教え子にかけられた疑惑、第三作では警察学校襲撃……と、いずれも警察が大きく関わるものばかりであるため、醜聞の拡大をなるべく抑えようとする上層部と、真実と正義を貫こうとする五味たちとの軋轢が生じることになる。そんな上層部の論理を象徴する人物として第一作から登場しているのが、刑事時代の五味の上司だった本村捜査一課長だ。彼は五味を警察学校に追いやった張本人のひとりだが、その捜査能力は評価しており、何かにつけて五味を一課に戻そうとする。

 この三本立て構成だからこそ、どの巻も極めて密度の濃い作品になっているのだが、シリーズ第四作である本書も、やはり例外ではない。

 プロローグでは、なんと五味が自分の教え子から銃口を向けられているシーンが描かれる。教え子と緊迫した対立関係になりかけたことは幾度かあっても、このような危機は今までなかった。何故、こんな事態になってしまったのか──という強烈な謎を巻頭に提示しておいて、物語は半年前へと遡る。

 府中市内の交番が襲撃され、定年まであと一カ月だった巡査長の北村が死亡、新人巡査の中沢が負傷した(中沢は、第三作で五味の教え子として登場していた)。彼が襲われた際に目撃したのは、警察官の制服を着た男の姿だった。

 一方、五味や高杉は平成最後の警察学校入校者となる、一三○○期五味教場の学生たちを担当していた。場長に任命された深川はいかにも優等生という印象の青年だし、他の学生も大きな問題を起こしそうにない。ただし、五味はこれまでの教え子たちとは異なる彼らの手応えのなさが気になっていた。やがて、この学生たちには何かがあると思うようになるが、何も問題を起こしていない以上は手の打ちようがない。

 五味教場の歴代の学生たちは、さまざまな意味でトラブルメーカーが多かった(そもそも教官たちからして、女性問題で自衛隊を追われて警察に流れてきた高杉を筆頭に、決して品行方正な人間ばかりではない)。しかし五味は、どんな問題児でも脱落させてはならないと考え、担当する四十人の学生全員を卒業させることを毎年の目標としている。もちろん、常に全員を卒業させられるわけではないにせよ、五味は自身の信念を捨てたことはない。ところが今回は、その理想が根底から揺り動かされるような事態が五味を襲うのだ。

 今までのこのシリーズでは、悪人は悪人なりに人間的な弱さがあったり、犯罪者は犯罪者なりに三分の理があったり……という場合が多かった。ところが本書に登場するある人物は、三分どころか一分の理すらない、まさに絶対悪である。そんな人物が、五味の理想の前にこれ見よがしに立ちはだかるのだ。これに対し、五味がどのような手を打つかが本書の大きな読みどころとなっている。

 先に述べた通り、元上司の本村は五味を捜査一課に戻そうとしており、五味自身も復帰する気は持っている。だが本書のラストで、五味はある決断に踏み切る。その決断の理由は、恐らく警察小説史上前代未聞であり、警察学校が舞台の作品でなければ成立し得ないものだ。

 それに関連して、本書はミステリとしての技巧においても高度な達成を示している。それまでの出来事の見かけが反転し、悪魔の素顔が一気に浮かび上がる終盤の展開には、ひたすら戦慄するほかはない。

 かつてないほどの恐ろしい事態が五味教場を揺るがす本書の優れた出来映えは、著者がこのシリーズに自ら高いハードルを課し、それを乗り越えていることを示している。一巻ごとに、作中の人物に寄り添うように成長してゆく著者の軌跡から目が離せない。

▼吉川英梨『正義の翼 警視庁53教場』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000163/

KADOKAWA カドブン
2020年3月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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