作家・紗倉まなの新作 本領は描写力にあり

レビュー

7
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春、死なん

『春、死なん』

著者
紗倉 まな [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065185995
発売日
2020/02/27
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

主人公とつかず離れずの距離で描き出すリアルな家族の「いま」

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 その名も『文学』という、一年を代表する純文学の短篇を集めたアンソロジーがある。『文学2019』には、表題作「春、死なん」をぜひ採りたかったが、短篇というには長すぎた。併載の「ははばなれ」も同じ理由で選に漏れたが、傑作だ。

 紗倉の作家としての本領は、類まれな描写力にある。ともするとテーマや文体の奇抜さに走りがちな若手作家の弊に陥ることがない。老人の孤独や母と娘の葛藤という、一見ありふれた家族の話題であっても、それを描写する文章の繊細さ、緻密さにより、新たな発見を与えてくれる。

 息子からの提案で二世帯住宅を建てたものの、それ以来妻の容体が悪化し、戸惑ううちに先立たれ、そこから少しずつ壊れていく老いた夫。なにかが欠け、それゆえに苛立ちをつねに抱える夫の姿は、決して珍しいものではないだろう。

 だから、読むべきは、そうした事態そのものではなく、一方、彼の奥深い心理でもない。前者に偏すれば現代社会の、後者に偏すれば心理学のルポルタージュになりかねないが、作者はどちらにも傾かないよう、主人公とつかず離れずの距離を保つ。それによって読者は、主人公の苛立ちに巻き込まれることもなく、彼を冷たく突き放すこともせずにすむ。われわれ自身というわけでもなく、まったく赤の他人というわけでもない。まさに家族に居てもおかしくないごくごく身近な人間の姿である。

 春霞のようにすべてに靄がかかって見えはじめる主人公にとっては、自分の最期もまた杳としてわからない。西行のように、春、望んだ死に方ができるのは、どれほど幸運か。あるいは、同性の親との関係で、意識していなかった自分の内側がじりじりと炙り出されてくる。ルポルタージュでは見えてこない、家族の「いま」がリアルに写し出される。

 そこには当然、性の問題も絡みついてくるが、紗倉の筆はひるまず溺れず、どこまでも清潔を保っている。

新潮社 週刊新潮
2020年3月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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