競争社会の韓国で“一生懸命に生きない”作者 本国でベストセラーに

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一生懸命に生きないという人生を賭けた実験

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

「“自分らしい生き方”に出会える人生エッセイ」という帯の文句。書店の棚には類書があふれている。その中でこれを手に取らずにいられなかったのは、本国韓国でのベストセラーという情報とタイトルのユニークさ、表紙カバーに惹かれたから。白ブリーフ一丁で寝ころぶ男性、彼の背中をマッサージする猫、傍らにはスルメとビール、ああ天国、という男性の表情。この絵も含め著者の手によるたくさんのユーモラスなイラストが、本書のメッセージを読者の心に届ける橋のような役割を果たして大層魅力的なのだ。

 韓国一の難関美大に三浪の末入学するも、学費を稼ぐためのバイトに明け暮れ疲弊。卒業後、三年間の無職生活を経て会社員とイラストレーターのダブルワークを必死にこなすが、四十歳を目前にして虚無感に襲われ、退職してフリーに。〈あきれるくらい、気の向くままに〉暮らす中で得た様々な考え方が綴られている。

 と紹介すると、やりたいことをして生きていくための思考法が書かれていると思われるかもしれないが、すこし違う。この著者、イラストを描くのが実はそれほど好きではないと気付いて、フリーランスなのにほとんど仕事を請け負わない。徹底的に生産的にならないよう「頑張って」いるのだ(しかしそのイラストは、前述したようにすばらしく愉快)。世間の規範に自分を当てはめることを、意志をもってやめ続ける。一生懸命に生きないというのは彼にとって「決意に基づく行為」なのだ。

 著者曰く「間違いなく競争社会」である韓国で、頑張りのベクトルの向きが違う生き方を一時でも選ぶのは、おそらくここに書かれているより勇気の要ることだったと思う。だからこそ売れたという側面もあるだろう。そんな「人生を賭けた実験」から生み出された数々のフレーズが読み手を励ます。〈誰にでも、目に見えるもの以上の多くの物語がある〉〈思い通りにいかないほうが正常〉。

新潮社 週刊新潮
2020年3月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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