『裁判長の沁みる説諭』
書籍情報:openBD
被告の心を動かした裁判官たちの非凡な努力
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
事実は小説より奇なり、というのは使い古された言葉だが、実録ものを読みたくなるのは、それがある面でフィクションのもつインパクトを超えるからである。できすぎた偶然やあざといセリフなど、フィクションだったら採用できないような「過剰さ」が、実録ものにはある。
この本もそんな印象だ。刑事事件の被告に、裁判官がかけた言葉集である。ドラマの中だけの演出だと思っていたような裁判官の発言、実際にけっこうあるんですね。
15歳の女子中学生が売春をさせられていたケース。少女に売春を強要したのは実の母親だ。それで得た金を、母親とその再婚相手が使って遊んでいたというひどい事件だが、母親の「私自身が、親からそういうふうに育てられた」「10代の頃に援助交際して、親にお金を入れつづけていました」という言葉に、暗い気持ちになる。裁判官は、この母親が自分のことを語るばかりで娘の心をいっさいかえりみないことを激しく叱り、「彼女(娘)の気持ちより、自分たちの今後のことしか考えてないんなら、見通しが甘すぎるよ!」と大声を出す。
これが非常に珍しい例というわけでもなさそうだ。執行猶予をつけた判決のあと「帰りの電車の中で、お父さんと一緒に話してごらんなさいよ」と言う裁判官。生活苦から万引きをした被告に「もう、やったらあかんで」と言いながら励ましの握手をする裁判官。裁判の流れは紋切り型であって、もっと没個性的だとわたしは思い込んでいたが、本当はなかなか個性的なようだ。
著者によれば、感情をまじえず機械的に裁判を進行できる裁判官のほうが評価され、出世する。しかしそれでいいのか。被告人の心を動かし、将来の犯罪を減らすために、自分の心の総力で同情したり配慮したりする裁判官もいる。かれらの非凡な努力に注目せよ。これは、そんな視点で書かれた本なのだ。