期せずしてブーム到来 推理かつ官能小説で到達した津原文学の“極北”
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
昨年5月に起きた、ある“事件”をきっかけに、時ならぬ津原泰水ブームが到来。その立役者(?)でもあるハヤカワ文庫から、津原泰水の(この名義での)デビュー作にあたる独創的な幻想ホラー『妖都』(97年、講談社初刊)に続いて、今年1月、津原文学の極北とも言われる伝説的な大作『ペニス』(01年、双葉社初刊)が再刊された。
語り手の“わたし”は、東京・井ノ頭恩賜公園管理所の分室に勤務する50歳の公務員。性的不能をかこちつつ、チャイコフスキーを友に公園管理人としての日々を送る彼は、あるとき、分室の使われていないロッカーに、小学生くらいの少年の屍体を発見する……。
著者自身が“果てしない推理小説でもあるし、もの悲しいポルノグラフィでもあります”と語る『ペニス』のどこがどう“極北”なのか、ぜひ自分の目で確かめてください。すごいよ。
奇しき因縁というべきか、その津原泰水とも関係の深い二階堂奥歯の唯一の著作『八本脚の蝶』が、ほぼ同時期に河出文庫から再刊された。著者は毎日新聞社の編集者だった時、津原作品に惚れ込んで原稿を依頼。尾崎翠の幻の脚本草稿を下敷きとする津原泰水の新作探偵小説『琉璃玉の耳輪』を世に出した。
その彼女が25歳の若さで自死したのは03年4月のこと。実生活では駆け出しの編集者だったが、彼女が膨大な読書量を背景に「二階堂奥歯」名義で書くウェブ日記にはすでに多くの愛読者がいた。『八本脚の蝶』には、死の直前まで書きつづけられた2年分の日記が収められている。
縦横無尽に言及される作品群は、たとえば、ウルフ「デス博士の島その他の物語」、大伴昌司『怪獣図解入門』、大槻ケンヂ『ステーシー』、泉鏡花「外科室」、カポーティ「夢を売る女」、シオラン『生誕の災厄』……という具合。博物学的な好奇心と奇形的な美への愛着が、“乙女”の感傷や“物欲”と同居しつつ、切れ味の鋭い知的な文章で綴られる。巻末には、津原泰水、東雅夫など、生前彼女と縁のあった13人がエッセイを寄稿している。