「謎が解けた時にテーマを浮かび上がらせたい」 『エンドレス・スリープ』著者新刊インタビュー 辻 寛之

インタビュー

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エンドレス・スリープ

『エンドレス・スリープ』

著者
辻寛之 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913380
発売日
2020/03/25
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

「謎が解けた時にテーマを浮かび上がらせたい」 『エンドレス・スリープ』著者新刊インタビュー 辻 寛之

[文] 光文社

 二〇一八年に選考委員全員の支持で第二二回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞したデビュー作『インソムニア』から約一年。長編第二作となる本作は、デビュー作と全く違うテーマに全く違うアプローチで挑んでいる意欲作だ。変わらないのは社会派と本格ミステリーの融合に挑む骨太な作風。作品に込めた熱い思いを語ってもらった。

 ***

「謎が解けた時にテーマを浮かび上がらせたい」


撮影 近藤陽介

――受賞第一作の長編ということで、受賞作『インソムニア』を刊行されてからほぼ一年ですね。二作目として意識されたことは?

辻寛之(以下辻) 受賞作のテーマはPKOを絡めた現代の戦争で、舞台が海外、主人公も防衛省や自衛隊の人間でしたので、二作目は舞台もテーマも変えて、新たなミステリーに挑戦したいという思いがありました。

――冒頭が東京の港湾部での倉庫の火災現場から始まりますが、その意図は?

辻 死体発見の現場から警察の捜査が展開するというオーソドックスな形で物語が始まるのですが、いわゆる捜査ものの形を借りたミステリーにしたい、と意図しました。

――敢(あ)えて、捜査もののミステリーのスタイルを踏襲したということですか?

辻 そうです。特殊な舞台設定ではなくて、オーソドックスな事件を下敷きにして、ただしテーマに社会問題をおきたい、と思っていました。

――「寿命とは違う形で死と向き合わされてしまった人間」というテーマは、ある意味普遍的で、深刻だけど人間誰も逃げられないテーマですね。

辻 死に対する苦痛というのは幾つかあるようです。身体的な苦痛、精神的な苦痛、もう一つが、スピリチュアル・ペインというものです。

 身体的な痛みには緩和ケアがあり、精神的な痛みにもある程度解決策がある。ところがスピリチュアル・ペインには解決する方法がないといわれているんです。

――スピリチュアル・ペインは他の二つの痛みとはどう違うのでしょうか?

辻 自分の存在の喪失への恐怖、人生の意味や価値の喪失、死への恐怖や不安など、より根源的な恐怖ですね。魂の痛みといいますか。

 痛みを取り除く安楽死とは違うテーマを書きたい、という気持ちがありました。人間がどうしても直面せざるをえない死の恐怖について、どこまで書けるか、が今回のチャレンジです。

 昨今は宗教的な来世や死後の世界が信じられないような社会になってきていると思います。宗教に救いが求められないことで、日本人の死生観も変わってきていると思うんです。

 テクノロジーや医学の進歩がもたらす死に対する考え方もずいぶん変わってきていると思うんです。作中で登場する末期がんを抱えた患者が語っていますが、かつて祖母の時代には身内の死を経験して死を学ぶ機会があった。いまは、医療機関や施設の中で死を迎えますよね。医療機関を挟むことで死生観が変わっている。

 そういった現代の死に対する問題や課題をどこまで物語の中に入れ込めるかを考えました。

――冒頭部分で登場するフリーライター如月(きさらぎ)のブログで、がんの闘病の様子が非常に赤裸々に如月の内面を表現する形で書かれていて、インパクトもあるし共感も出来る。読んでいて切ないけれども、読むのをやめられないですね。

辻 医療ものは現役医師の作家さんが書かれたリアリティがあって専門性も高い作品が多数あります。今回の作品では読者が追体験できるような患者側からのエピソードで死に直面する様子を書きたかったんです。フィクションでありながらも登場人物の孤独感や死への恐怖をどう切迫感をもって描くか、が今回の仕掛けのいちばんベースに置いたところです。

構成とキャラクター

――構成もかなり工夫していらっしゃいますね。

辻 ミステリー的な趣向というとおこがましいですが、作中作を一度やってみたいと思っていました。作中作をうまく使って、ミステリー的な面白さを作るという試み。それと、医療ものというと医師が主人公で、患者が客観的に描かれることが多いですが、一人称で作中作を書くことで、患者の視点を描きたい、という試みがありました。作中作を使って、それぞれの人物を一人称で書きながらも、客観的な刑事の視点で事件を追っていくというつくりにしたんですが、非常に複雑になってしまって(苦笑)。

――主人公の捜査官、矢島(やじま)は飄々(ひょうひょう)としているちょっと味のあるキャラクターですね。

辻 矢島はいわゆる警察小説に多いキャラクター小説のような設定にはしないで、あくまでこの作品のために作ったキャラクターです。

 彼は死の恐怖を感じない、という特異体質で、警察官として淡々と捜査をする。全編にわたってかなり重いストーリーなので、主人公はドライに書いた方がよい、という計算がありました。

 終末期の登場人物の悲痛な心情描写をする一方で、われわれは他者の死に対して矢島のように意識をしないで生きているんじゃないか、という作者の考えもあります。

――作中で一番気になっている登場人物は?

辻 やっぱり白川紬(しらかわつむぎ)です。苦しみ悩む人間が多く登場する作品なので、救いを与える存在が作品中にほしい、と思ったんです。

 白川紬は不思議な存在なんです。弱者に寄りそいながら、実態がつかめない。人間としての白川とは何者なのか。弱くもあり、強くもあり、いろんな顔を持っている捉えきれない存在として描いています。実は非常に人間的で、もしかしたらいちばん悩みが深い人物かも知れない。

一人称の感想をほしい

――ある意味、正解のないテーマを追求した作品ですね。

辻 こういうテーマですと、最後に正解を作者が示すべきか、読者に委ねるべきか、書き手としては悩むところですが、構成やストーリー、登場人物の心情を追体験することで、読者に考えてほしい。それがフィクションの役割だと思いますし、そこには限界もあると思って書いています。切迫感や追体験といっても、読む側にはフィクションとしての距離がある訳で、いわゆるノンフィクションや体験記とは違う読まれ方をするんじゃないか、と思うんです。基本はエンターテインメント作品ですから、面白さの中で、構造的にテーマを呈示する、そこを目指していきたいと思っています。まだ二作目ですが、目指すミステリーは謎が解けた時にテーマが浮かび上がってくる、というものです。それが社会派ミステリーのいちばんの醍醐味ですし、私自身そういう先行作を非常に面白いと思ってきましたので。

――いちばんご苦労されたところは?

辻 作中作では、何人かの末期患者の苦しみや死に対する内省とかをどこまで描けるか、というのが重要でしたが、材料を自分で取り込むことは精神的に辛(つら)いんですね。

 それから非常に複雑になった話を、最後にどうまとめるか、テーマをどう収斂(しゅうれん)するかというところが苦労しました。

 大きなストーリーのプロットはありましたが、最後の着地は決めていなかったので、ギリギリまで考えていました。執筆中に父親が入院して、看取りをしたこともあって、最終的には自分の経験が入っていると思います。

――死に対する考え方、という意味では読者の賛否が分かれるかもしれませんね。

辻 いろんな読まれ方をされる作品になってほしいと思います。「わたしはそうは思わない」「自分だったら……」といった感想を一人称でいただけると、狙った通りかな、と思います。最近、安楽死を惹句にした本が多いと思いますが、この作品は安楽死がテーマではなくて、もっと普遍的なテーマに挑戦したつもりです。

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辻寛之(つじ・ひろゆき)

 1974年富山県生まれ。埼玉県在住。2018年第22回日本ミステリー文学大賞新人賞を、選考委員全員に絶賛されて受賞し、2019年に改題改稿した『インソムニア』でデビュー。本書は受賞後初の長編小説。

光文社 小説宝石
2020年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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