『女工哀史』を再考する サンドラ・シャール著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『女工哀史』を再考する

『『女工哀史』を再考する』

著者
サンドラ・シャール [著]
出版社
京都大学学術出版会
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784814002313
発売日
2020/02/20
価格
6,820円(税込)

書籍情報:openBD

『女工哀史』を再考する サンドラ・シャール著

[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

 『女工哀史』という大正末期に出た細井和喜蔵のルポルタージュは、教科書に必ず載っていて、中身を読んでいなくても、逃れられない悲惨さを背負い込んだタイトルだけは、誰もが覚えていよう。

 富国強兵を目指した大日本帝国の影で、苛酷(かこく)な労働を強いられた貧しい農村出身の女工のイメージはここから始まる。

 戦後になると、山本茂実が『あゝ野麦峠』で女工へのインタビューを通じて彼女たちの実像に迫り、ステレオタイプ化された女工像の見直しに迫った。しかし、皮肉なことに同名の映画化は、女工の悲劇性を強調したものとなって、『女工哀史』的イメージがより強固なものとして広まった。私たちの抱く女工像は『女工哀史』と映画『あゝ野麦峠』で作られたものだ。

 本書は、このように固定化した女工像を歴史学の立場から見直そうという試みだ。

 歴史学とは、記録という証拠に基づいてある仮説を証明していく作業であって、記録がすべて。しかし、残された多くの記録は、社会的強者によって作られたもので、社会的弱者が残した記録はほとんどない。

 本書が対象とした女工も同様で、彼女たちは、自らの体験を記録にする術(すべ)を持たなかった。彼女たちの姿は、企業や役所や労働組合の男性目線で作られた記録のなかに、単なる統計上の数字か器械のような物質でしか現れない。

 著者は、言葉に対する感性の鋭さとフランスの社会史学の手法を応用して、その実像に迫った。当時の女工が歌っていた「糸ひき歌」と元女工の聞き取り――女工たち自身の口から発せられた文字にされない記録――を武器に。

 この試みが成功したかは、読み手によって評価が分かれよう。しかし、方言がちりばめられた女工たちの言葉に耳を傾けながら、女工たちの多様で人間らしい姿を明らかにした功績は大きい。

 ◇Sandra Schaal=仏ストラスブール大准教授、京大特任教授。1999~2006年に日本に留学。

読売新聞
2020年3月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加