養蚕と蚕神 沢辺満智子著

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養蚕と蚕神

『養蚕と蚕神』

著者
沢辺 満智子 [著]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784766426441
発売日
2020/02/06
価格
6,160円(税込)

書籍情報:openBD

養蚕と蚕神 沢辺満智子著

[レビュアー] 尾崎真理子(読売新聞調査研究本部客員研究員)

 「これが、絹。水には弱いの」。高度成長期、リカちゃん人形の青いドレスで、その滑らかな感触と光沢を知った。教えてくれた母の世代までは、布地と白い繭玉がひと筋の生糸で繋(つな)がって見えていたのだろう。

 昭和初期、220万戸あった日本の養蚕農家はすでに300戸を下回る。女性たちは時に背や腹で温めて卵を孵(かえ)し、素手で桑の葉を与え、「お蚕様」が繭にこもるまで、ひと月に及ぶ家内労働を繰り返した。

 本書はまず『日本書紀』などから養蚕の「在来知」をたどり、明治維新後は「科学知」を役人や技術者ら男性主導で取り入れ、品質管理が急速に進んだ歴史を伝える。増産奨励の強力な求心力となったのは、明治天皇の后(きさき)、美子(はるこ)(後の昭憲皇太后)が明治4年(1871年)に始めた「宮中養蚕」である。

 この皇室行事と絶妙に結びついて養蚕に従事する女性たちを活気づけたのが、古来、東北から関東甲信まで広く信仰を集めた「蚕神(かいこがみ)」、すなわち「金色姫(こんじきひめ)」の物語だった。天竺(てんじく)の姫に生まれ、継母から追放されても4度舞い戻り(これは蚕の脱皮回数と同じ)、小舟で日本に流れ着いた後、遂(つい)に息絶えた金色姫。その遺体から生まれたのが蚕だという。

 富国強兵とも科学とも相反した俗信が、なぜ力を発揮したのか?

 著者は忘却の暗がりから幅広く、丁寧にその理由をたぐり寄せる。そして<金色姫の受苦の多い辛(つら)い生涯が、彼女たちが身体感覚を接近させ育てた弱い生命体・蚕の生涯と密に連動していたからであり、蚕の死に対峙(たいじ)する場面において、その死を受け入れるための一つの物語が必要であった>。また、<養蚕農家の女性たちの身体感覚から誘発されることによって繰り返し立ち現れる女神>だったからこそ、安産や厄除(やくよ)け、救済や豊作まで願いを集めたことを例証していく。

 女性の心身に寄り添った素朴な物語が、近代日本を陰で支えた――。「感覚の人類学」の貴重な成果だ。

 ◇さわべ・まちこ=1987年、茨城県生まれ。社会学博士。学習院大客員研究員。共著書に『VIVID銘仙』。

読売新聞
2020年3月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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