『フライデー・ブラック』
- 著者
- ナナ・クワメ・アジェイ・ブレニヤー [著]/押野素子 [訳]
- 出版社
- 駒草出版
- ISBN
- 9784909646279
- 発売日
- 2020/02/03
- 価格
- 2,420円(税込)
全篇に響く“声高どころではない”絶叫 暴力に満ちた近未来を描く短篇集
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
「声高でない」というのはほめ言葉だと思っていた。ところが、ある作品を「声高でない」と評価した著名ジャーナリストの発言が最近、炎上した。淡々とした書き方が心を打つとほめたわけだが、それを「声高にならない」よう求める抑圧と受け止める人も少なからずいるということを強く意識させられた。
ガーナ移民を両親に持つアメリカの若手作家のデビュー短篇集『フライデー・ブラック』は、声高どころではない、張り裂けんばかりの「絶叫」を全篇に響かせる。
巻頭の、「フィンケルスティーン5〈ファイヴ〉」では、黒人の少年少女五人の首をチェーンソーで切断した白人男性が、正当防衛を認められ、裁判で無罪となる。判決に怒った黒人の間では、「ネイミング」という報復のテロ行為が広がる。
主人公のエマニュエルは常に自分の「ブラックネス(黒人らしさ)」を意識し、その度合を自在に上げ下げできる。「腹が立ったら微笑む。叫びたい時には囁く」ことを幼い頃から学んできたが、テロ行為に誘われ、迷いながらも踏み込む。
想像力を駆使して、近未来のありえない世界を描くと見せかけ、現実に肉迫する。チェーンソーはいかにも小説的な道具だが、もしこれが銃なら、と考えさせ、実際にあった、人種間差別が引き起こしたいくつもの事件を想起させる。
表題作は、小売店の特別セール「ブラック・フライデー」を極端に戯画化したものだ。ゾンビ化した客が押し寄せ、毎回多数の死者が出るが、そんなことはおかまいなし。店員はゾンビの発する言葉を何とか聞き取ろうとしてひたすら売り上げ競争に狂奔する。
暴力と絶叫に満ちた世界を描きながら決して単調にならないのは、一人ひとりの内部にある痛みや迷いを細やかにすくいあげているから。笑いもある。いま読まれるべき、特に若いひとにすすめたい小説である。