発表からおよそ100年! フランスを代表する“大泥棒”
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
【前回の文庫双六】巧妙な罠と意外な結末 異色のフレンチ・ミステリ――川本三郎
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『わらの女』の映画版は、昔、テレビで見た記憶がある。大体のストーリーは覚えていたのだが、今回初めて原作を読み、「えっ、こんな話だっけ!」と驚愕した。川本さんが書かれているように、映画版とはラストが違っているのだ。
原作の結末は救いがなく、元祖イヤミスといった感じ。だがそこに、ゾクッとする魅力を感じるのも確かで、この毒がフレンチミステリというものかと感心した。実をいうと私は、フランスのミステリをほとんど読んでこなかったのだ。
思いつくのは数年前にベストセラーになった『その女アレックス』くらいである(思えばあれも、見事などんでん返しに興奮したものの、読後、世にも暗い気持ちになった)。
ほかに読んだものはないかと記憶をさかのぼってみたら、あの名作を思い出した。モーリス・ルブランの、アルセーヌ・ルパンシリーズである。
小学校低学年の頃、南洋一郎訳のポプラ社版を図書室で読みふけった。印象的だったのはルパンが女性に敬意をもって接することで、こんな男の人が世の中にはいるんだ!と、10歳になるかならないかの私は衝撃を受けた。ノルマンディやブルターニュといった地名を覚え、フランスには「予審」という司法システムがあることを知ったのも、このシリーズによってである。
それから幾星霜、ルパンシリーズの新作が世に出たのは2012年のことだ。未発表の遺作『ルパン、最後の恋』である。すぐに買って読んだが、ルブランは推敲が完了しないまま死去したといい、そのせいか内容はいまひとつ。だがこれを契機に、大人向けの訳で読み直し、面白さを再確認した。
完成度が高いのは『813』あたりだと思うが、個人的なベストは第1作の短編集『怪盗紳士ルパン』。半世紀ぶりに読んだ収録作「王妃の首飾り」のストーリーと結末を完璧に覚えていたのだから、この作品がよほど好きだったのだろう。