[本の森 仕事・人生]『東京、はじまる』門井慶喜/『東京普請日和』湊ナオ

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東京、はじまる

『東京、はじまる』

著者
門井 慶喜 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163911717
発売日
2020/02/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

東京普請日和

『東京普請日和』

著者
湊 ナオ [著]
出版社
日本経済新聞出版社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784532171551
発売日
2020/02/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『東京、はじまる』門井慶喜/『東京普請日和』湊ナオ

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 実現すれば五六年ぶりとなる東京オリンピック開催が決まったのは、二〇一三年九月。その後はハコモノが散発的に建設されるに留まり、東京の風景を真新しく書き換える(そして、東京というまちの機能と意義を考え直す)契機とはならなかった。が、周知の通り、一九六四年の初めての東京オリンピックでは首都高速道路や東海道新幹線が整備され、都市改造や国土開発が一気に進展した。あの時が、東京を変えることで日本を変える、最後のタイミングだったのかもしれない。

 建築に関するノンフィクションの著作も持つ門井慶喜は、ならば、と歴史を遡ってみせる。『家康、江戸を建てる』では、江戸初期の技術者や職人たちがいかにして湿地だった江戸を集住可能なまちに作り替えたのか、オムニバス形式で描き出した。最新長編『東京、はじまる』(文藝春秋)では、江戸を「東京」に変えた明治~大正期の建築家、辰野金吾を主人公に据える。

 自信家でビッグマウスの持ち主だが、不思議と嫌味には感じられない金吾の人柄に、まずはぞっこん惚れさせられる。鹿鳴館の設計を手がけた師匠のコンドル先生からぶんどった、金吾にとって初めての超大型案件は、日本橋の日本銀行本店。上から見ると「円」の字が現れるというトリビアばかりが後世において語られるこの建物は、実は「効率」ではなく「威厳」、日本という新興国家の存在を世界に知らしめるために設計された――。この物語がフォーカスするもう一つの案件は、中央停車場(東京駅丸の内駅舎)だ。こちらは十数年前に完成した日本銀行本店とは、設計の思想が全く違った。金吾が求めたのは「美しい都市景観」。国外ではなく国内、東京に住まい東京を訪れ、東京を眺める人々に向けて設計されたのだ。〈建築というのは、芸術性が大事である〉〈見る者を、ないしその内部に生きる者を、精神の充実へとみちびかなければならぬ〉。「江戸を、東京にする」「東京そのものを建築する」という金吾の言葉には、そこに住まう人々の精神性の更新への思いも含まれている。こんなにもばかでかい構想を持った男がいたからこそ、今日の東京はあるのだ。

 では、今日の東京の建築事情とは? 第一一回日経小説大賞を受賞した湊ナオ『東京普請日和』(日本経済新聞出版社)は、五輪決定後の建築バブルに沸く、西新宿の建築設計事務所で構造設計者として働く田口郁人を主人公に据える。だが、主に語られるのは、現代アートの文脈で世界的評価を受ける陶芸家の兄・英明との束の間の同居生活。オレが東京を作り変える的なビジョンは発動されず、繰り出されるのは昔の家の思い出話。このバランス自体が、誰も未来図を描けない、二〇二〇年の東京のリアルを象徴しているのかもしれない。……と思って読み進めていたら、ラストの駆け上がり感が激烈だった。誰かのばかでかいビジョンではなく、個々人の小さな希望が集まることで、東京はきっとまた真新しく書き換えられるのだろう。

新潮社 小説新潮
2020年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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