あいたくて ききたくて 旅にでる 小野和子著 PUMPQUAKES

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あいたくてききたくて旅にでる

『あいたくてききたくて旅にでる』

著者
小野和子 [著]
出版社
PUMPQUAKES
ISBN
9784991131004
発売日
2020/02/01
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

あいたくて ききたくて 旅にでる 小野和子著 PUMPQUAKES

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

 「民話」と聞けば、多くの人は「むかしむかし」と始まる物語を想像するだろう。だが、本書が扱うのは遠い昔の物語だけではなく、戦後の生活の中で生まれた「民話」も含まれる。

 驚くべきことに、著者は35歳を迎える1969年、誰に請われたわけでもないのに、たったひとりで宮城県内の小さな集落をまわり、「昔話を聞かせてください」と「民話」の採訪を始めたという。この時代、モータリゼーションの進展とともに道路が建設され、東北新幹線の工事が始まり、小さな集落に変化の波が押し寄せていた。「テレビがきてから、昔話はぶん投げてしめぇすた」という老人の言葉が示すように、「民話」は風前の灯(ともしび)となっていた。著者は東北自動車道が開通した75年にみやぎ民話の会を立ち上げ、「民話」を採訪してきた。本書には集落で聞き取った「民話」だけでなく、話を聞かせてもらうまでの過程も記される。そこで綴(つづ)られる真摯(しんし)な姿勢に、頭が下がるばかりだ。しかも、その営みを半世紀も続けてきたのだ。

 「民話」で語られるのは、「みんなみんな、ほんとうのことなんだよ」と著者は言う。たとえば、昔話の冒頭に頻出する「お爺(じい)さんは山へ柴(しば)刈りに」という言葉の底に流れていたものを、著者はよみがえらせる。遠い昔の時代には、子のない老夫婦は共同体を離れ、山に暮らさざるをえなかった。山の持ち主から許されたのは、その日に必要なぶんの柴を刈ることだけだった。だからお爺さんは毎日山へ柴刈りに出るのだ。

 「民話」とは、「むごい地獄を見た人」たちが「描かずにはいられなかった『もうひとつの世界』の真実なのかもしれない」と著者は記す。

 本書が刊行されることになったきっかけは、東日本大震災だったという。災害が繰り返されるこの国には――いや、災害が起こらなくたって――世界にはむごい地獄が溢(あふ)れている。そこで紡がれる「もうひとつの世界」の真実に、耳を傾けていたい。

読売新聞
2020年3月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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