山岳遭難の傷痕 羽根田治著 山と渓谷社

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十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕

『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』

著者
羽根田治 [著]
出版社
山と渓谷社
ISBN
9784635171991
発売日
2020/01/23
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

山岳遭難の傷痕 羽根田治著 山と渓谷社

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 山岳遭難は「事故」なのだと、読み始めたときには思っていた。実際、帯にも「遭難事故」という言葉が使われている。しかし、章を追って読み進めるうちに考えが変わってきた。本書に記録されている十大事故のうち、人力ではどうすることもできない自然の猛威を恐れ、その時その場に居合わせてしまった不運を恨むしかないケースは、第二章「剱澤小屋の雪崩事故」しかないような気がするのだ。他の遭難事故は、その発生・拡大に、救助や(遺体も含む)捜索活動の遅延に、残念ながら、何らかの形で当事者と関係者の判断・行動の誤りがからんでいる。つまり人災であり、「事件」なのだ。

 第一章「木曽駒ヶ岳の学校集団登山事故」は、新田次郎が『聖職の碑(いしぶみ)』という小説に書いていることでも有名な出来事だが、発生は何と一九一三年(大正二年)八月だ。直近の事例も、第十章「トムラウシ山のツアー登山遭難事故」が二〇〇九年(平成二十一年)の発生だから、本書の目的は近年の遭難事故を分析してその傾向と対策を云々(うんぬん)するところにはない。ほぼ一世紀のあいだ光をあてられぬまま積み上げられてきた「遭難の記録」をまとめ、一つの事件史にすること。そこから、今現在にも未来にも通じる普遍的な教訓を読み取ること。どれほど装備や機材が上質になろうと、通信技術が向上しようと、どれほど効率的にアスリート登山家を鍛え上げるスキルが考案されようと、悲しいかな、人には必ず「誤る」可能性があると知らしめること。本書の意図はそこにある。

 自然には感情がない。人間が頑張っているのだから、立派な理念を持っているのだから、「ほどほどで勘弁してやろう」とは思ってくれない。まさかと思う局面で最悪な連鎖が起きたりする。これは全ての自然災害と、自然=現実を扱い損ねて起きる事故に共通することだろうが、山岳遭難の事例には、その身も蓋もない真実と恐怖が凝縮されている。

読売新聞
2020年3月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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