金足農業、燃ゆ 中村計著 文芸春秋

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金足農業、燃ゆ

『金足農業、燃ゆ』

著者
中村 計 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163910581
発売日
2020/02/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

金足農業、燃ゆ 中村計著 文芸春秋

[レビュアー] 木内昇(作家)

 夏の甲子園、記念すべき第100回大会。前回大会で一塁ベースを踏み損じ、勝機を逸した大阪桐蔭・中川が主将となって返り咲き、見事優勝、雪辱を果たした瞬間は、テレビの前で感涙にむせんだ。しかし世の関心は、準優勝の秋田代表金足(かなあし)農業に向けられる。確かに異質なチームだった。投手とセンターによる侍ポーズも、全力で身体を仰(の)け反(ぞ)らせての校歌斉唱も、君ら甲子園に住んどるんか、と疑いたくなるような場慣れした態度も。甲子園には魔物が棲(す)むと言うが、彼らは甲子園で魔物と化したのだ。

 野球部指導者や選手たちの家族、対戦相手にも取材し、甲子園決勝までの道程を辿(たど)りつつ、金農野球の心髄を描き切った本書。今や継投が珍しくなくなった高校野球で、地方大会からほぼひとりで投げ抜いたエース吉田輝星のみならず、レギュラーメンバー個々の試合時の心境や同輩への思いが語られるが、みな天衣無縫、痛快で、読みながら何度も声をあげて笑った。

 金農では「ドンマイ」禁止。エラーしようものなら「ざけんな」「捕れや」と味方から声が飛ぶ。対戦相手にはヤジも飛ばす。監督だろうがコーチだろうが、「違う」と思えば猛然と刃向かう。地方大会で死球を多数食らった後、相手チームの選手に吉田はこんな啖呵(たんか)を切っている。

 「ピッチャーのやつに、今度会ったら覚えとけよって言っとけ」

 コーチを担った伊藤の指導も興味深い。打力強化をはかる練習方針が主流な中、守備練習に重きを置いた。イレギュラーバウンドにも対応できるようグラブの土手で捕球せよと提案、捕手のリードについては「配球は芸術」と言い切る。バント練習も徹底し、いたずらに点をやらず、着実に点をとるという基本を叩(たた)き込んだ。

 とはいえ選手は、やらされてはいない。指導者や仲間と渡り合い、自主的に野球に親しみ、手懐(てなず)けた。金農野球の特異で強靱(きょうじん)で楽しげな理由が、この一書にはずっしり詰まっている。

読売新聞
2020年3月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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