告発と誘惑 ジャン・スタロバンスキー著

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告発と誘惑

『告発と誘惑』

著者
ジャン・スタロバンスキー [著]/浜名 優美 [訳]/井上 櫻子 [訳]
出版社
法政大学出版局
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784588011061
発売日
2019/12/17
価格
4,620円(税込)

書籍情報:openBD

告発と誘惑 ジャン・スタロバンスキー著

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 名声と迫害に翻弄(ほんろう)される人生を送ったルソー(1712~78年)の研究書は数多い。その中で、戦後ルソー論の白眉とされるのが、スタロバンスキー『透明と障害』(1957年)である。

 膨大な著作と活動が張り巡らす錯雑した矛盾の網の目の中にルソーの実体は隠されている。ルソー自身は自分を水晶のような透明さとして捉えていた。透明と障害とは、自然の中に生まれた純朴さと人間社会の中で得た毀誉褒貶(きよほうへん)と対応し、ルソーの内面と概念を表現している。

 この名著の55年後、ルソー協会会長を務めたスタロバンスキーが生誕300年に著したのが本書である。ルソーは社会を非難=告発し続ける。そのために、彼は攻撃され、迫害され、憎悪され、辺地に身を隠そうにも追放され、西欧各国を転々とする。

 ルソーの思想は毒針のようだ。なぜルソーは執拗(しつよう)に告発をし続けたのか。彼の哲学者としての使命は「徳の憤慨、怨念」に始まり、それが雄弁を生み続けたのだ。

 彼は迫害に苦しみ、田舎や自然に隠れようとして、そこで憤慨を収めることができず、追放され、憤慨の中に留(とど)まる。彼は憤慨し続けなければならない。彼は呪詛(じゅそ)し、不幸を感じ続けなければならない。

 ルソーの告発は、古代の雄弁術、修辞学の卓越した活用の上に成り立ち、強烈に誘惑する力を有していた。彼の雄弁は至るところで弟子を得るのに成功したが同時に多くの敵をも生みだした。「彼は大いに反論を唱える人間であったが、その反論が彼自身を引き裂いたのである」。告発と誘惑の構図がここに現れる。

 ルソーも晩年は孤独ながらも少しは平穏さのなかに生きることができた。著者は本書の最後を「ルソーよ、わたしたちを心配させ続けてくれてありがとう」という謝辞で締めている。ルソーをそばに感じられる名著だと私は思う。浜名優美、井上櫻子訳。

 ◇Jean Starobinski=1920~2019年。スイス・ジュネーブ生まれの批評家、文学研究者。

読売新聞
2020年3月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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