柳田國男(やなぎた・くにお)民主主義論集 大塚英志(えいじ)編

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柳田國男民主主義論集

『柳田國男民主主義論集』

著者
柳田 國男 [著]/大塚 英志 [編集]
出版社
平凡社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784582768855
発売日
2020/02/13
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

柳田國男(やなぎた・くにお)民主主義論集 大塚英志(えいじ)編

[レビュアー] 鶴見太郎(早稲田大教授)

◆「公民」育成の在り方を模索

 亡くなる数カ月前の柳田国男は心を許した弟子の一人に、「民俗学という学問が、あるところでとまってしまった」と嘆いたことがある。少なくとも柳田にとって民俗学とは、ひとつの学問領域として洗練されていく以前に、民間の生活を幸福にするという実践的な課題を秘めていた。

 晩年の柳田を論じる際、しばしば取り上げられるものに、講演「日本民俗学の頽廃(たいはい)を悲しむ」(一九六〇年)がある。戦後の民俗学界と自身の民俗学との亀裂を難じたものだが、その中に「憲法の芽を生やせられないか」という暗示に富んだ一文がある。

 本書はこの言葉を糸口としながら、そこに戦後、枢密顧問官として日本国憲法の審議に参画した柳田と、戦前から自身が構想・実践してきた「公民」育成との連関を見いだす。

 ここで問われる「公民」とは、具体的に自らの判断によって投票行動を行い、政治家を選ぶ人を指す。編者はその淵源(えんげん)に明治末、自然科学的な眼によって、社会と歴史を観察する柳田の「自然主義」を読み取る。

 このあたり、編者が行う補助線の引き方は実にうまい。その見取り図に沿って収録された論考をひもといていくと、どうすれば民間で自身の意見を明晰(めいせき)な論理にして表現することができるか、その処方箋を探り苦闘する柳田の姿が浮かび上がる。

 敗戦から数年間、柳田は新しい世代の「公民」を育てる機会が到来したと捉え、「世の中」という公共空間を介した初等・中等教育の社会科教科書の編集に取り組むが、教育界の戦後色払拭(ふっしょく)の前に、十分意図を伝えられることなく退潮していく。

 しかしこれは決して挫折の物語ではない。その背後にたたずむ柳田の冷徹な観察と深い思索、そして時代と向き合いながら幾度となく実現を試みた跡を辿(たど)る時、確実に現在に通じる回路がある。編者が民間が自分の言葉で憲法前文を書く運動を展開し、現場から「公民」の在り方を模索してきたことを考えれば、本書はまさに現在の問題に向けて据えられている。

(平凡社・1760円)

1958年生まれ。まんが原作者。著書『公民の民俗学』『感情天皇論』など。

◆もう1冊 

鶴見太郎著『柳田国男 感じたるまゝ』(ミネルヴァ書房) 

中日新聞 東京新聞
2020年3月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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