『ピアノの近代史』
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ピアノの近代史 井上さつき著
[レビュアー] 山口雅敏
◆日本に独自の発展メカニズム
「音楽のまち」浜松市を本拠地とするヤマハとカワイが製造するピアノは、日本のみならず世界中で愛奏されている。私が留学したフランスの音楽院にも二社のピアノがあり、慣れ親しみながら演奏した思い出がある。そもそも西洋の楽器であるピアノが日本でどのように造られはじめ、一九六九年には世界最大の生産国(現在は中国)になったのか。音楽学者である著者は製造史にとどまらず、日本のピアノの歴史を世界の流れの中に置くというかつてない視点から、技術革新、市場開拓などにおける独自の発展メカニズムを明らかにしている。
ピアノは一七〇〇年直前にイタリアで発明され、その後、音域拡大やフレームの金属化などの改良を重ねて現在の姿になった。ベートーヴェンやリストは新しいピアノに触発されて作曲している。手作りだったピアノは十九世紀末には機械化による大量生産が行われ、ドイツやアメリカでは輸出産業へと発展する。
この頃に山葉寅楠(とらくす)(ヤマハ創業者)は国産ピアノ第一号を完成させ、弟子の河合小市(カワイ創業者)とともに製造を本格化させた。職人の才と起業家としての先見の明を発揮し、十年後にはアメリカが敵視するほどの躍進をみせる。洋楽受容の浅い時代に、ピアノに心血を注いだ職人たちの情熱に心動かされる。今日、二社のピアノは、ショパン国際コンクールの公式ピアノにも選ばれ、名ピアニストたちの支持を集める。
また、両社は長年、子供の音楽教育にも携わっている。ヤマハはピアノの国内需要が高まると、純粋に音楽を楽しむことができる人を育てたいと音楽教室を創設した。私も音楽で表現する楽しさに出合ったのは幼少期に通った音楽教室であった。世界で五百万人以上いるヤマハの卒業生の中には著名な音楽家もおり、音楽文化を根づかせた貢献は本当に大きい。
ピアノは単に楽器というだけでなく、近代の科学技術、音楽史が凝縮された工芸品であることに気づかされる。音楽を愛する全ての人に読んでいただきたい良書である。
(中央公論新社・3190円)
愛知県立芸術大教授。著書『パリ万博音楽案内』『ラヴェル』など。
◆もう1冊
井上さつき著『日本のヴァイオリン王-鈴木政吉の生涯と幻の名器』(中央公論新社)