20世紀初頭に未熟児7000人を救済 自称医師による新生児医療の功罪

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

未熟児を陳列した男

『未熟児を陳列した男』

著者
ドーン・ラッフェル [著]/林啓恵 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562057313
発売日
2020/02/19
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

20世紀初頭に未熟児7000人を救済 自称医師による新生児医療の功罪

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 東京で言えば浅草花やしきが江の島あたりにある感じだろうか、コニーアイランドは19世紀末からニューヨークの夏を彩るビーチリゾート遊園地として親しまれてきた。そのコニーアイランドにおよそ40年間にわたって、保育器に入れられた未熟児たちを並べて客を呼ぶ、見世物小屋のような展示場があった。

 ドイツ系ユダヤ人移民の自称医師マーティン・アーサー・クーニーは19世紀末から20世紀初頭にかけて、当時は「生き延びる可能性はなし」とされた未熟児を受け入れ、開発されたばかりの保育器を活用して、生涯に6500~7000人の赤ちゃんの命を救ったと言われている。

 赤ちゃんを見世物にする不謹慎な興行師として非難されつつ、当時のアメリカでは病院よりはるかに設備も技術も進んでいたクーニーのもとへ、医者たちが未熟児を送り込むようにまでなって、しかもクーニーは両親に治療費を請求せず、入場料収入で施設を維持していたのだった。

 副題の「新生児医療の奇妙なはじまり」という言葉どおり、最新設備が整った病院でも研究所でもなく、庶民的にもほどがある遊園地や博覧会場の片隅に設けられた見世物小屋のような場所で、アメリカの未熟児たちが命を救われてきた。著者はそんなにも毀誉褒貶相半ば、それこそコニーアイランド名物のジェットコースターのような人生を送ったクーニーの謎めいた生涯を丹念に解きほぐしていく。

 クーニーは正当な評価を受けることのないまま寂しい晩年を送り、忘れられていった。いっぽう著者が探し当てた「クーニーの赤ちゃんたち」は、未熟児の自分が見世物のように扱われたことを怒るでもなく、命を救ってくれたクーニーに感謝したり、ちょっと面白がっているというエピソードもおかしかったし、調査の旅の終わりに開かれたささやかな同窓会の場面にもこころ揺さぶられる。そしてなにより、先駆=世に先駆けることの困難をあらためて教えられる。

新潮社 週刊新潮
2020年4月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク