期せずして再注目を集める乳白色のパンデミック小説

レビュー

45
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

白の闇

『白の闇』

著者
ジョゼ・サラマーゴ [著]/雨沢泰 [訳]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309467115
発売日
2020/03/05
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

期せずして再注目を集める乳白色のパンデミック小説

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 疫病のパンデミックを描いたアルベール・カミュの『ペスト』とともに、本作(1995年刊)が再注目されている。

 あるとき、車を運転していた男の視界が突然真っ白になる。「ミルク色の海」が目の前に広がるこの失明症状が、人びとの間に伝染していき、政府は強硬手段を講じる。この当局の描き方には、サラマーゴが経験したポルトガルの恐るべきファシズム独裁政権「エスタド・ノヴォ」(1933〜1974年)への批判も表れているだろう。

 政府は発症者および、接触したとおぼしき人々を精神病院に集め、完全に封鎖する。病院内では治安が崩壊し、腕力と武力を手にした男たちが食糧を管理下におくことで、この社会を支配するようになる。ミルク色の絶望のなかで、一部の人びとは獣同然と化す。女性の性への蹂躙やレイプはおぞましいの一言だ。

 一人だけ感染をまぬかれる人物が病院内にいる。失明したふりをして眼科医の夫に付き添ってきた妻だ。この妻が荒れた教会で見る場面が印象的だ。磔(はりつけ)にされた男は眼に白い包帯を巻き、彫像の頭には白い布が結ばれ、絵画に描かれた人々は眼を白く塗られていた。自分もいずれ失明すると悟って「ひどく信仰がぐらついた人間の仕業」ではないかと(妻から聞いた)夫は言う。司祭かもしれない。ここには、政府と結びついた教会への批評も感じられる。

「白の闇」とは、目を開いていながら見ようとしない人々を表しているのではないか。政治権力や教会のドグマに頼らず、彼らはおのれの目で見ることができるのか?

 ゼロ年代のある時期、国内でも「白い闇」とよく出会ったことを思いだす。池澤夏樹の『星に降る雪/修道院』では、「白い闇」の中で、天啓のようなメッセージを受ける。古井由吉の『白暗淵』にも表題の語が使われていた。今また、『白の闇』はひたひたと振動を広げていくだろう。

新潮社 週刊新潮
2020年4月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加